JOURNAL

子どものためのワーグナー(バイロイト音楽祭提携公演)

スタッフ・インタビュー ~金坂かねさか淳台じゅんだい(舞台監督)

3年目を迎える、バイロイト音楽祭との提携公演「東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー」は、未来の観客を育てるプログラム。「ワーグナー・シリーズ」とリンクしているのがミソで、2019年に《さまよえるオランダ人》でスタートした。昨年の《トリスタンとイゾルデ》は残念ながら中止となったが、今年は、ヤノフスキ指揮の「ワーグナー・シリーズ」と同じ《パルジファル》が上演される。公演最終日はおりしも復活祭(4月4日)。最終幕に聖金曜日のシーンでクライマックスを迎えるこの作品に、なんともふさわしい。
長大なワーグナー作品を60~90分ほどに圧縮し、セリフを交えるなど、子どもたちの理解を助ける工夫を施して上演する「子どものためのワーグナー」。今回の《パルジファル》の上演時間は約60分だ。ただし、「子ども向け」ではあっても、けっして「子どもだましで」はない。抜粋版ながら、演出付き、オーケストラ伴奏(編曲によって2管編成4型程度の規模に縮小)による、かなり本格的な舞台となっている。
劇場やコンサートホールではなく、銀行のロビー・スペースで行なわれるのもユニークな点。わたしたち観客にとっては、オフィス・ビルが特設のオペラ劇場に変身するのはたいへん興味深いが、制作陣にとっては、通常の劇場での上演とは異なる不自由や、それを解決するための苦労もありそうだ。前回に続いて今年も公演の舞台監督を務める金坂かねさか淳台じゅんだいさんに聞いた。

文・宮本 明(音楽ライター)

会場は大手町のビジネス街にある三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階 アース・ガーデン。横長のステージに舞台とオーケストラが並び、すぐ目の前に階段状の客席が設けられた/ ©青柳 聡

「どこでやるかが一番たいへんだったんじゃないかな。劇場ではない空間でやりたいというのが条件だったので、会場選びは苦労しました」
 と金坂さん。本家バイロイトでは、この「子どものためのワーグナー」は祝祭劇場の稽古場で上演されている。音楽祭本番が始まると「空き家」になるスペースの有効活用も兼ねているのだろう。しかし劇場の稽古場は、いわば準劇場ともいえる専用スペース。東京でそれに相当する空間を探すのはなかなか難しい。最初は台東区内の学校の体育館なども当たったが、大きな音を出せない条件だったりしてダメだったそう。結局「東京・春・音楽祭」の本拠である上野からは少し離れて、大手町の三井住友銀行本店東館で上演されることとなった。同ビル1階のロビーは、「アース・ガーデン」という、普段から一般の人も出入り自由なオープンスペースで、ロビーコンサートが開催されることもある。
「でも平日の昼間はすぐ横で仕事をしている方々がいるところなので、会場決めの段階から、音響装置で実際に音を出してみて、仕事の邪魔にならないかどうか、銀行の人にも確認してもらいました」
 会場でのリハーサル中には、ランチ片手に興味深く覗いている行員の方もいらしたとか。

 さて、特設の会場だからこその苦労はどんなところにあったのだろう。と思いきや……。
「とくになかったと思いますよ(笑)。舞台の設営は、バイロイトから送られてきた資料そのままでいけたので、まったく問題はありません。問題があったとすれば、まず電源の確保でしょうか。これはけっこう厄介だったかもしれない。というのは、ここを使っちゃうとビル全体の障害になる恐れがある電源というのがあって。新しいでかいビルというのは難しいんですね。一度だけ、オーケストラの譜面灯の電源が落ちてしまうというトラブルもありました。

 あとは舞台の照明ですね。会場は全面ガラス張りで、昼間の公演ですから暗くしないと照明が使えない。しかも公演自体は祝日と土日の3日間でしたが、あいだには銀行の通常営業の平日をはさんでいる。遮光カーテンなどを張って対応するのでは、公演後にそれをいったん外さなければなりません。どうしようかと天井を見上げていたら、窓際に防火シャッターがあるのを発見して、あれを降ろそうと。まあ、その交渉も簡単ではなかったんですけど(笑)。最初のうちは明るいままでリハーサルをやったので、照明家には制約がありましたね」

日本側で調達した白無垢の花嫁衣裳/ ©青柳 聡

 どうやら、「とくに苦労はなかった」というのは、ベテラン舞台監督だからこその余裕の発言のようだ。ほかにもたとえば──。
 提携公演とはいっても、舞台美術や小道具、衣裳などはすべて日本側で新たに製作している。とくに衣裳などは、バイロイトは劇場自体が持っている衣裳を使いまわせるせいか、細かな型紙はもちろん、デザイン画などがあるわけでもなく、現地の公演映像を見て、似たようなものを用意したのだそう。予算の都合もあり、新調ではなく、借りたり購入したりして揃えた。当然オリジナルとは大小の違いのある衣裳になっていたわけだけれども、一番違ったのはラストシーンのゼンタ。死んであの世でオランダ人と結ばれるというストーリーから、金坂さんが考えたのは、なんと白無垢の花嫁衣裳。しかもフリマアプリで格安で入手したものだったそう。
「用途が結婚式用に限られているせいか、なかなか売っていなくて、必死で探しました。バイロイトから来日したカタリーナ・ワーグナー総裁に、白無垢が花嫁衣裳であることを説明して、これでいいかと聞いたら即OK。最終的にはカタリーナさんがそれを少し洋風にアレンジしたものを使いましたけど」
 (ちなみに、金坂さんたちが参考にした現地の公演映像は、バイロイト音楽祭の会場で販売されている。確認したかぎり、オンライン販売はなさそうだ。)

カーテンコールを見守る金坂さん

 現在は自身の舞台制作会社ACTIVEを主宰する金坂さん。もともとはシンガーソングライターの谷村新司さんのマネージャーだったという、オペラ界では異色の経歴の舞台監督だ。コンサートの制作を通じて舞台スタッフとともに働くうちにその仕事内容に興味を持つようになり、やがて転職してそちらが本業になった。現在は多くのオペラ、ミュージカルの舞台制作を手がけ、「東京・春・音楽祭」にも最初期から関わっている。

「東京春祭だけなく、なぜかワーグナー作品はとくに数多く仕事してきました。縁がありますね」という金坂さん。「子どもためのワーグナー」のおすすめポイントを挙げてもらった。

① ワーグナーの長大な作品をどうやって抜粋し、縮めているか。
② それをあの会場で観るといったいどうなるのか。
③ ワーグナーのオーケストラを、至近距離で聴く面白さ。

 なお、原則的に子どもたち(小学生以上18歳未満)のための公演なので、入場できる大人は子ども1名につき保護者2名まで(残席がある場合に限り大人だけの入場券も販売される)。ただし今回はライブ・ストリーミング配信があるので、これなら保護者以外の大人たちも堂々と視聴可能だ! 配信は(全公演でなく)昼夜各1公演の予定。中継日等詳細は後日発表される。




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