JOURNAL

子どものためのワーグナー(バイロイト音楽祭提携公演)

アーティスト・インタビュー ~友清ともきよたかし(バリトン)

2019年から東京・春・音楽祭に加わった新たなラインナップのひとつが、バイロイト音楽祭との提携による「東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー」だ。文字どおり、子どもたち対象の公演。長大なワーグナー作品を、抜粋して60~90分ほどに圧縮、セリフも交えて子どもたちの理解を助けるという、バイロイト音楽祭のカタリーナ・ワーグナー自身が監修する企画で、本家バイロイトでは2009年にスタートして好評を得ている。日本初開催となった一昨年の《さまよえるオランダ人》の題名役に続き、今年の「子どものためのワーグナー《パルジファル》」にクリングゾル役で出演するバリトンの友清ともきよたかしに聞いた。

文・宮本 明(音楽ライター)

友清 崇

「子どものためのワーグナー」は、高校生以下の子どもたちのための公演です。前回の《さまよえるオランダ人》を、子どもたちはどう感じたのか。客席の反応や手ごたえはいかがでした?

 観にきた子どもたちは素直に「楽しかった」と言ってました。ワーグナーに興味がなくても、すぐ目の前で繰り広げられる声や音楽、お芝居の迫力が刺激的で、退屈しなかったようです。
 大事なのは、子ども向けかどうかにかかわらず、しっかりと演奏し芝居して、作品をきちんと作り上げることですね。親も一緒に見ているわけですし。実際、要所要所を巧みに抜粋してつないでいるので、ダイジェスト版としてもとてもよくできていました。十分に確立されている企画だと思います。

セリフは日本語ですが歌詞はドイツ語で字幕なし。カタリーナさんは、歌詞を日本語に訳すことはまったく考えていなかったそうです。実際の客席の反応にも、かなり確信を得ていたようですね。

 ぼくの息子は3回も観に来たんですけど、正直、あとで聞くと、話はさほどわかっていなかったようです。でも、観ているときはそれなりにわかっているところもあったのだろうと思います。それより、ボートの中にぼくが隠れていたりとか、そういうリアルなところが面白かったみたいで。そこはカタリーナさんの工夫ですね。興味を惹くセットでね。そういう楽しさ、面白さがあって、たとえストーリーが細部までわからなくても、集中を切らさずに観ることができたのでしょう。

《オランダ人》では来日したカタリーナさんが稽古場で直接指導に当たっていました。作曲家の曾孫でもある彼女の指導はどうでした?

カタリーナ・ワーグナーとのリハーサルより/ ©ヒダキトモコ

 演出や演技以前に、稽古初日から、ぼくたちのドイツ語の発音を細かく指導してくれました。指摘されたことをこなすことで歌のクォリティがぐっと上がる。ワーグナーを歌うときに一番重要なのは、言葉をしっかり聴かせること、しっかり伝えることです。音楽に流れすぎないということですよね。ワーグナーに近づけた気がします。
 ただ、歌以外のところの苦労もありました。ぼくらは、ふだんセリフの勉強はあまりしていないので、どうしてもイントネーションがお国の言葉になってしまったり、歌う声でしゃべるとちょっと深くなりすぎたり。ぼくはミュージカルの経験もあるのですが、お芝居の世界だと、台本の読み合わせから始まって、演出家がセリフに細かくダメ出しをしたりするじゃないですか。稽古にたっぷり時間をかけるし。でもカタリーナさんは日本語はわかりませんからね。演劇の先生が来てコーチしてくれたりもしましたが、けっきょく自分たちで努力するしかない。だから《さまよえるオランダ人》は、かなり自分たちで、日本の歌手たちの個性で作ったオリジナルの芝居になっていたと思います。

終演後に子どものお客さんたちと一緒に記念撮影したのは喜ばれていましたね。

 好評でしたね。最終日には小道具の金塊もお土産でプレゼントしたり。ひとつひとつにカタリーナさんがサインしたんですけど、彼女、そういう気づかいがすごいんですよ。稽古がタイトなのを見て、われわれのノドの負担が減るように稽古スケジュールを組み替えてくれたり。ドイツ語指導のことだってそうですよね。監修者の彼女が責任を負うことではないですから。早く来日したのなら、東京見物に出かけたっておかしくないのに。あと、オリジナルの「オランダ人Tシャツ」を内緒で作って、出演者とスタッフにサプライズでプレゼントしてくれました。とにかく一緒に作っているという一体感が強かったです。この東京のプロダクションはとくに楽しいのだそうです。

カタリーナ・ワーグナーとのリハーサルより/ ©青柳 聡

前回友清さんは、「ワーグナー・シリーズ」のほうの《オランダ人》にも、合唱で参加していたそうですね。

 はい(笑)。自分の経験のためです。ワーグナー・シリーズには、過去にも東京オペラシンガーズの一員としてけっこう何度も乗っているんです。「子どものためのワーグナー」でぼくのやったオランダ人役を歌うブリン・ターフェルを、練習から何回も聴くことができました。

ワーグナー、お好きなんですね。

 ワーグナーに縁があるみたいで、カバーも含めると、ワーグナーをやらない年がないぐらい。気がついたら自分の歌う道筋がワーグナーに向かっていた感じです。最初は合唱で舞台に乗っていったのですけれども、《ローエングリン》《タンホイザー》と、歌いながら迫力を感じてワーグナーが好きになって、喜びと興奮を覚えるようになりました。そうするとだんだん、周りもワーグナーを歌う歌手だと評価してくれるようになったし、ぼく自身も「わ」の会というグループで歌ってワーグナーを研究して。50歳を手前にしてようやく、その経験を若い世代にもある程度受け渡すことができてきたかなと感じています。
 バイロイトでもそうだと思いますけど、ワーグナーばっかりは、ある程度のスキルと経験がないとできないと思うんです。少なくとも日本だと、若いうちはワーグナーを勉強する機会もなかなかありません。声にも無理がありますしね。実際ぼくも、40歳を過ぎてからようやくノドがワーグナーを歌えるように成熟してきたと感じているんです。だから50歳を超えたらきっともっと。それを見据えてさらにいろいろ吸収していきたいですね。




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