JOURNAL

日本の音階

「にほんのうた X ~東京オペラシンガーズ 合唱で聴く美しい日本のうた」に寄せて

文・寺嶋陸也

 私たちが普段よく耳にしている音楽の多くは、西洋の長音階(ドレミファソラシ)や短音階(ラシドレミファソ#)といった7つの音から成る音階が基本になってできています。この音階では、長音階ならド、短音階ならラがいずれも中心の音(主音とよぶ)となります。実際の曲の中では7つの音に加えて、それらが半音上がったり下がったりして厳密に7つの音だけでできている曲というのは少ないのですが、基本的な音階としては長音階・短音階とも7音と考えることができます。

 これに対して日本の民謡や伝統音楽では5つの音から成る音階が基本となってできているものが圧倒的に多く、いずれもレを中心の音とする民謡音階(レミソラド)、律音階(レファソラド)、都節音階(レミ♭ソラシ♭)、琉球音階(レファ#ソラド#)の4種類にほぼ整理することができ、レだけでなくソやラの音も中心の音になります。実際の曲の中では、やはりこれらが混じったり変化したりもしますが、このように5つの音から成る「5音音階」は、日本だけでなく世界の多くの地域に見られます。

 面白いのは、明治以降の日本で頻繁に使われている「ヨナ抜き音階」と呼ばれる音階で、民謡音階と同じ5つの音から成るのですが、中心となるのがレではなくドの音で「ドレミソラ」という音階です。日本ではある時期にドレミファソラシを「ヒフミヨイムナ」と称していて、長音階からファにあたるヨとシにあたるナが抜けていることから「ヨナ抜き」と呼ばれるようになりました。この音階は唱歌や童謡、歌謡曲など非常に例が多く、本公演で演奏する曲でも「夕日」「うみ」がそうですし、「花嫁人形」は短音階のヨナ抜き(ラシドミファ)です。ヨナ抜き音階はメロディが5音でも、それに付くハーモニーが7音からなるドミソやシレソといった西洋流の和音がぴったりとはまる、日本の5音音階と西洋の音階とのハイブリッドと言えるでしょう。この音階はスコットランドの民謡にもよく見られ、「蛍の光」や「故郷の空」が代表例です。

 わらべうたでは、より音の少ない例が多くみられ、中心となる音が非常にはっきりしているのが特徴です。たとえば「なべなべそこぬけ」は、隣同士の3つの音(ファソラ)だけで歌えますが、ソの音が中心です。「あんたがたどこさ」は4つの音(レファソラ)、「花いちもんめ」も4つの音(ドレファソ)しか出てきませんが、どちらもレとソが中心の音となっています。「ずいずいずっころばし」は、都節音階で始まり途中で律音階になりまた都節音階に戻るという「転調」をする、わらべうたには珍しいメロディです。

 日本の民謡やわらべうたには和音とかハーモニーという概念がなかったため、ヨナ抜き音階以外の日本の5音音階は西洋のハーモニーにはなじみにくいのですが、合唱などへの編曲ではそれをどのように工夫して仕立てるか、というところが編曲者の腕の見せどころのひとつです。

(「東京・春・音楽祭2020」公式プログラムより転載)
寺嶋陸也 Rikuya Terashima

東京藝術大学作曲科、同大学院修了。作曲のほか、ピアニスト、指揮者としても活動。《ガリレイの生涯》《末摘花》などのオペラや、室内楽、合唱曲、邦楽器のための曲など作品多数。




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