JOURNAL

東京春祭チェンバー・オーケストラ

アーティスト・インタビュー〜小林海都(ピアノ)

アーティスト・インタビュー ~ 小林海都(ピアノ)

東京春祭チェンバー・オーケストラのオール・モーツァルト・プログラムにソリストとして登場する小林海都さん(ピアノ)は、2021年9月にイギリスのリーズ国際ピアノコンクールで第2位&ヤルタ・メニューイン賞(最優秀室内楽演奏賞)に輝いた注目のピアニスト。モーツァルトの魅力や、師であるマリア=ジョアン・ピリスから学んだことなどを語ってくれました。

文・高坂はる香(音楽ライター)

—昨年秋にリーズ国際ピアノコンクールで2位に入賞、室内楽賞も受賞されました。室内楽はお好きですか?

 はい、子供の頃、ピアノを習うよりも前に合唱団に入ったので、人と一緒に歌ってアンサンブルをするというのは昔からごく自然なことでした。
 最近、本格的に室内楽を勉強するようになって、息の合わせ方にもいろいろあることを学びました。ある方向を決めてストレートに突き詰める方法がある一方で、それとは少し違う方法もあります。例えば、ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイさんとデュオで共演させていただいたときは、方向は決めず、お互いの持つ音楽のイメージを軸に、相手の音と自分のイメージをちょっとずつ合わせていくことで、音楽をガチッと絡み合わせるという感覚でした。


—今回は、同世代も多い春祭チェンバーオーケストラと指揮者なしでの共演ですね。

 指揮者なしでのコンチェルトは初めてなので、こういうアンサンブルだからこそできることをいろいろ試してみたいですね。僕は指揮ができるわけではないので、すべて音で示していかないといけませんから、今からしっかり準備したいと思います。


—モーツァルトのピアノ協奏曲を演奏するうえで大切なことは何でしょうか?

 オペラ的な要素があって、歌手の部分がピアノに割り当てられているので、書かれた音を流れで弾くのではなく、フレーズにどんな意味が込められているかをちゃんと考える必要があります。
 最近モーツァルトについて思うのは、美しい音楽の中に、ある種の演出が施されているということ。普通ならそのままつながるフレーズとフレーズの間に何かが入ることで、時空が止まるというか……そこにモーツァルトのユーモアや訴えかけるものを感じるのです。
 それがうまく表現できると、生き生きとしたものが音楽から伝わるようになるのではないかと思います。


—弾くうえでの音のこだわりはありますか?

 オペラ的な音楽の中、歌といってもよりセリフに近い、語りかける要素を意識する必要があると思います。また、シンプル故に、音と音の間の中身を充実させることも大切です。前の音をどう聴き届けるかで、次の音の鳴らし方は変わります。その意識によって、生きた音楽になるかどうかが決まると思います。


—なかでも「ジュノム」の魅力はどこに感じますか?

 カデンツァなどソロの聴きどころもありますが、やはりオーケストラとピアノの会話、お互いが反応し合う現象を楽しんでほしいです。ただそのためには、一つのフレーズも、オーケストラに影響を与えられるような自分なりの感じ方で表現しなくてはいけません。そして戻ってきた返答にこちらが乗っかることで音楽を創っていく。その中で魅力的な音楽が生まれるのではないかと思います。


—小林さんが師事していたマリア=ジョアン・ピリスさんは、モーツァルトの名手として知られています。モーツァルトについて学んだこと、また彼女の演奏に感じることはありますか?

 ピリス先生の音を初めて聴いた時の衝撃は、今でも覚えています。
 彼女に師事するようになり、隣で実際に演奏してくださる姿を見ながら、音に憧れ、どうやったらあんな音が出るのだろうと考えました。同じ人間で、同じような手で鍵盤を押しているのに、あんな感動的な音色を出せるのは、天性の何かがあるのだろうと思わずにいられませんでした。そしてあの美音こそが、演奏の魅力の源なのだと感じました。音は真似できるものではありませんが、大きな影響を受けたと思います。
 一緒に勉強したことで、彼女の精神のようなものが僕の中に少しでも入ってくれているといいなと思いながらピアノを弾いています。


—ピリスさんからのアドバイスで印象に残っていることはありますか?

 よく、考えすぎは音楽にとって良くない、"Don't think, sing"と言われましたね。考えながら弾いていると、人に音楽を届けるうえで壁をつくることになる、ということなのだと思います。曲を勉強する時はすごく考えますが、本番では勉強したことをなぞるのではなく、すべて解放して空間に身をあずけるという感覚でしょうか。
 ピリス先生は、心から旋律を紡いでいくという考えが根本にある方です。本番は緊張しますが、それを乗り越えて自分をさらけ出すことの大切さは、彼女から教わりました。
 演奏する姿を同じステージ上で見ていたとき、その場でしかありえない音楽が生み出され、それが聴衆に伝わり共有されていくのを肌で感じました。演奏を伝えるとはどういうことなのか、同じ空間にいたことで学ぶことができました。
 彼女がすばらしいのは、どこまでも自然であるということです。そしてそこに説得力があるのは、音楽から作品自体のすばらしさが伝わってくるからでしょう。その大切さは、演奏家としてずっと忘れずに心に留めておきたいと思っています。




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