JOURNAL

ハルサイ的「世界街歩き」

フィレンツェ

プラハ、ウィーン、バイロイト 、ラヴェンナ…。
2005年に「東京のオペラの森」としてスタートし、2009年より「東京・春・音楽祭」として新たな幕開けをした音楽祭。
その16年の歩みの中で縁の生まれた、世界の街の数々をご紹介していきます。さあ、一緒に世界旅行へ。

イタリア中部トスカーナ州の州都フィレンツェ

 2021年の東京・春・音楽祭はいくつかの配信を残し、終了しました。もちろん海外招聘アーティスト出演のものを中心に、多くの公演が中止になったことは大変悔しいことです。しかし反面、国内アーティストによる多彩にして充実を極めたたくさんの公演が実現できたこと、そして何よりも最後にこの音楽祭のメンター(師)ともいうべき巨匠リッカルド・ムーティの来日が可能となり、イタリア・オペラ・アカデミー公演によるヴェルディ《マクベス》の烈しい劇的上演と、東京春祭オーケストラによるモーツァルトの2つの交響曲の、まばゆいばかりに美しい演奏が行われたことは、とても嬉しいことでした。

 前口上が長くなりました。
そのムーティがかつて1960年代終わりから80年代初頭にかけて音楽監督を務めたところとして、故国イタリアの「フィレンツェ五月音楽祭」があります。(ちなみにその後任は、先日ベルリン・フィルを指揮して素晴らしいライヴ配信を行ったズービン・メータ)

今回の街歩きは、そのフィレンツェを。

 そうそう、フィレンツェといえば、ムーティのことももちろんですが、東京・春・音楽祭の前身「東京のオペラの森」で2005年に、小澤征爾指揮、ロバート・カーセン演出で上演したR.シュトラウス《エレクトラ》はフィレンツェ歌劇場との共同制作でしたね。(このプロダクションは2013年に改訂して、パリ・オペラ座でも上演されました)

 古代ローマの言葉で「花の都」の意味をなすこの都市は、トスカーナ地方の中心地であり、イタリア統一前のフィレンツェ共和国における首都でした。
皆さまもイタリアを、特に初めて旅行するときは「4都市めぐり」をするのではないでしょうか?つまりミラノ、フィレンツェ、ローマ、ナポリと。
 それぞれに長大で、ヨーロッパを象徴するような厚い歴史と強い特色のある街々。そしてこの中でも美術や音楽など、文化的な色合いの香りがもっとも強いのは多分フィレンツェでは?

 街には歴史的な建造物だらけ。そして美術館に行けば名画だらけ。
そんなフィレンツェの見どころが、映画にもなったダン・ブラウンの人気ミステリー小説で、ラングドン教授シリーズの1冊『インフェルノ』の中、次から次へと物語の舞台となってしましたね。そしてそれが結構かっこうのガイドになっていたり。

 そこに登場したのはヴェッキオ宮殿にヴェッキオ橋、ピッティ宮殿、ヴァザーリ回廊、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂にジョットの鐘楼。またストーリーに絡む絵画では、ダンテやボッティチェリなどの作品も登場しました。どこを歩いても中世にタイム・スリップしそうですし、いやはやフィレンツェでは「犬も歩けば芸術にあたる」かの様相です。なんといってもここはルネサンスが発祥した地ですから。先述の人々のほかに、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロらによってこれが花開くというのは、14世紀のヨーロッパにおけるペストの大流行に端を発しての世の変遷の結果だった・・・というのは現在のコロナ禍にある私たちにとって少々複雑な思いですが。
(すると、今の世にも大きな変革が?)

 フィレンツェの大きな繁栄にはそんな下地があったりします。歴史というのはほとほと興味深いものです。

 ところでこのルネサンス期以降、フィレンツェでは長い間、「メディチ家」がその支配を行ってきました。先にあげた芸術家たちの庇護はもちろん、それらを含む美術品が収蔵されたあのウフィッツィ美術館も彼らが建てたものです。
ウィーンにおけるハプスブルク家もそうですが、「王」という前に「家」が国や地域を支配し、栄華を誇り文化をもたらす・・・というのは、なんだか不思議な気がしませんか? 特に遠い日本にいる私たちにとっては。

 でもちょっと考えてみますと・・・そういえば、この国もかつて平安時代には「藤原家」という強大な貴族がいました。それが天皇家にも多大なる影響を与えたり、京都の平安文化も彼らによって多くをもたらされたことを考えると、ふむ。
どこの国でも似たようなことが起こるのですねえ。

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