JOURNAL

現代音楽演奏集団 “EIC”の歩み

文・笠羽映子

東京・春・音楽祭2024より/©︎平舘平

 今から50年弱遡った1976年、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(以下EIC)は、20世紀後半以降の欧米芸術音楽界を牽引した代表的作曲家・指揮者ピエール・ブーレーズ(1925-2016)が俊英の演奏家を集めて創設した現代音楽演奏集団である。1950年代末から1960年代を通じ、フランスの保守的な音楽環境に抗してドイツに拠点を移し、指揮者としても本格的に欧米各地で活躍するようになっていたブーレーズは、1970年、当時のフランス大統領ジョルジュ・ポンピドゥーから、パリ中心部に構想中のポンピドゥー・センターに付属する現代音楽関連施設の創設――音楽とテクノロジーが連携したIRCAMイルカム(音響・音楽連携研究所)として1977年に開所した――を要請され、故国に戻る決心をした。
 研究所の構想段階から、ブーレーズは、研究と音楽創造活動を結びつけ、広く世界の作曲家たちに委嘱することになる新作を演奏するために、また20世紀の古典と最新の作品との繋がりを聴衆に示すためにも、安定した雇用条件のもとで気鋭の演奏家を集めたグループが必要だと考えていた。そのようにして、当時の閣外文化相ミシェル・ギーの支援と、ロンドン・シンフォニエッタの共同創設者だったニコラス・スノーマンの協力を得て、31名――木管楽器奏者各2名(+バス・クラリネット奏者1名)、金管楽器奏者各2名(チューバは1名)、弦楽器奏者はヴァイオリン3名、ヴィオラ2名、チェロ2名、コントラバス1名、鍵盤楽器奏者3名、ハープ奏者1名、打楽器奏者3名――からなるアンサンブルが誕生し、この基本編成は現在も変わっていない。統計学的に、この編成で相当広いレパートリーをカヴァーできるという。EICはフルタイムの3分の2を基本とした月給制を取っていて、メンバーは一定の生活基盤を保証されつつ、アンサンブル以外の活動もできるように、またそれによって視野を広められるようになっている。

東京・春・音楽祭2024のリハーサルより/©︎平舘平

 創設者ブーレーズには当初3つの主要目標があった。第1の目標は、20世紀前半のレパートリーを完全に自分たちのものにすることで、音楽言語の変遷を音楽家たちだけでなく、聴衆がより良く把握するためにも不可欠だと考えたのだ――シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンを始め、そうした諸作品は20世紀後半になっても、優れた演奏で度々聴衆に提供されては来なかったし、現在の日本でそうした状況がクリアされているとも言えない――。第2の目標は、新しい現代的な作品を発見し、時間的な余裕をもって良い条件の中で練習し、演奏家が作品に親しんで演奏できるよう方向づけ、選別は働くにせよ、新作を繰り返しプログラミングすることである。第3の目標は、IRCAMの創設とも結びついた楽器とテクノロジーとの関係づけで、演奏家が技術者や作曲家と協力して新たな創造に取り組むことで、IRCAMという公的な機関があってこそ実現可能となった目標である。さらに教育に関連した第4の目標もあったが、それは、パリ北東部に演奏会場を含むシテ・ド・ラ・ミュジックが建設され、1995年、EICが恒常的な拠点をそこに移して以降、これも新たに移転した、隣接する国立高等音楽院とも連携して実現している。

東京・春・音楽祭2024より/©︎増田雄介

 当初の2年間、ブーレーズが音楽監督としてほぼすべての重責を担っていたが、その後、彼は総裁となり、以下の人物が音楽監督を務めた(括弧内は任期)。ペーター・エトヴェシュ(1978-91)、デイヴィッド・ロバートソン(1992-2000)、ジョナサン・ノット(2000-05)、スザンナ・マルッキ(2006-13)、マティアス・ピンチャー(2013-23)、ピエール・ブルーズ(2023-)。
 年間約70回以上に及ぶ演奏会はフランスばかりでなく、海外でも行なわれ、指揮者を必要としない室内楽を集めた演奏会も多い。筆者の手許にある結成20周年記念演奏会プログラムに、約1400作品をレパートリーにしていると記されているから、今ではさらに格段に増えているはずで、ベリオ、リゲティ、クセナキス、ライヒ、カーターといった著名作曲家、新進作曲家の新作初演のリストには目を見張ってしまう。
 1992年ブーレーズは公職を退き、EICでは名誉総裁(IRCAMでは名誉所長)となったが、各方面での助言を惜しまず、また聴衆を魅了する傑出した指揮者として、85歳を過ぎ、緑内障の手術を受けた2011年までは、進んでEICの演奏会の指揮台に立っていた。さらに、2003年、夏のルツェルン・フェスティヴァルにルツェルン・フェスティヴァル・アカデミーを創設、現代音楽に特化したプログラムで世界各国から100名を越える新進音楽家を集めて管弦楽曲や室内楽曲を3週間にわたって学習する企画を立ち上げた際にも、EICのメンバーはコーチとして全面的に協力し、ブーレーズとともに若手音楽家の育成に努めた。アカデミーにブーレーズが姿を見せたのは2013年が最後だが、10年に及ぶ教育活動から、世界に羽ばたいていった作曲家・指揮者・演奏家も大勢いる。

東京・春・音楽祭2024より/©︎増田雄介

 発足以来50年近くを経た今日、メンバーの交代も当然ながらある。相当長く在籍している音楽家もいれば、他の活動を目指していった逸材もいる。世界有数のピアノ奏者のひとりピエール=ローラン・エマールはEIC創設時のメンバーだし、チェロ奏者ジャン=ギアン・ケラスについても語るまでもない。EICでの活動を通じて自分の道を自覚し、さらに創造的な活動を続けていくことは、EICに根付いた精神でもあるのだろう。
 ドイツのアンサンブル・モデルンや、オーストリアのクラングフォルム・ヴィーンのモデルのひとつともなったと言われるEIC。良い意味でブーレーズの薫陶のたまものでもあったアンサンブルは、彼の没後、ある意味で活動の岐路に直面せざるを得なかったのかもしれない。ルツェルンのプロジェクトからEICと当時の音楽監督ピンチャーは手を引き、昨秋からはブルーズがEICの音楽監督に就任した。だが他方、2024年初めにはかつて音楽監督を務めた作曲家・指揮者エトヴェシュ(2024年3月24日に逝去)の生誕80年を祝う演奏会が催され、来年はブーレーズ生誕100周年を迎える。現在のメンバーたちは、着実に過去の歩みを振り返りつつ、気概を持って、果敢に新たな道を切り拓いていくことだろう。

(東京・春・音楽祭2024「公式プログラム」より転載)

関連公演

アンサンブル・アンテルコンタンポラン I
ブーレーズ生誕100年に寄せて

日時・会場

2025年4月9日 [水] 19:00開演(18:00開場)
東京文化会館 大ホール

 

出演

指揮:ピエール・ブルーズ
管弦楽:アンサンブル・アンテルコンタンポラン
合唱:レ・メタボール
合唱指揮:レオ・ヴァリンスキ

 

曲目

M.ジャレル:アソナンス IVb
ブーレーズ:カミングスは詩人である
M.ジャレル:新作(日本初演)
ブーレーズ:シュル・アンシーズ

チケット料金

全席指定:¥8,000
U-25:¥2,000


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アンサンブル・アンテルコンタンポラン II
ブーレーズ生誕100年に寄せて

日時・会場

2025年4月10日 [木] 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール

 

出演

アンサンブル・アンテルコンタンポラン メンバー
 ヴァイオリン:ジャンヌ=マリー・コンケール、カン・ヘスン、ディエゴ・トージ
 クラリネット:マーティン・アダメク
 ピアノ:調整中
IRCAM
 コンピューター・ミュージック・デザイン:オーガスティン・ミュラー

 

曲目

ブーレーズ:
 二重の影の対話
 12のノタシオン
 アンシーズ
 アンセム 2

チケット料金

全席指定:¥6,500
U-25:¥2,000


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