JOURNAL

20th Anniversary Special Talk

vol. 8 対談 西野嘉章(東京大学名誉教授、博物館工学・美術史学)×鈴木幸一

東京・春・音楽祭実行委員長、鈴木幸一の対談シリーズ。vol.8のゲストは、JR東京駅前のJPタワー内で東京大学所蔵の学術標本を展示する「インターメディアテク」初代館長の西野嘉章よしあき・東京大学名誉教授です。鈴木がインターメディアテクを訪問し、音楽やアートの楽しみ方、文化支援のあり方について語り合います。

©︎ヒダキトモコ/世界各地からの彫刻やオブジェが所せましと並ぶインターメディアテク館長室。

音楽やミュージアムをもっと身近に感じてほしい

西野嘉章(以下西野) 鈴木さんとは、国立西洋美術館の運営財団の会議で出会いました。評議員が集まる場で、ちょうど僕の正面に鈴木さんが座っておられた。

鈴木幸一(以下鈴木) そうですね。6~7年前ですかね。

西野 僕はどちらかと言うと、好き勝手なことを言う人間なので、鈴木さんはそれを聞いていて「あいつは何を言い出すかわからない」と心配して、僕に声をかけてくれたのだろうと思います。

鈴木 僕はすぐに西野さんの類いまれな才能に気づいたんですよ。東京国立博物館の館長だった佐藤禎一さんも「西野さんは、もて余す程の才能がある」と言っていました。

西野 鈴木さんも僕と同じで、ミュージアムのあり方に疑問を持っておられたようで、不満分子どうし、奇妙な共通項があったんですね(笑い)。

鈴木 西野さんの才能に気づくと同時に、反感を持つ人がいることも分かりました。それから一緒に食事に行くようになりましたね。

西野 鈴木さんがやっておられる、音楽のパトロナージュ。要するに、スポンサーシップですが、海外では日本における以上に、文化人として高く評価されていますよね。鈴木さんは美術館についても一家言おもちで、大きな発言力をもっておられます。僕は、以前から、音楽イベントとミュージアム展示の協働が実現出来ないものだろうかと考えていました。音楽会では眼をつむり、耳を澄まして聴く楽しみがありますが、音楽を聴きながら、視線を泳がせる楽しみがあってもよい。その方がもっと面白いのではないか、と。 1+1を3にする、という試みです。ミュージアムにおける展覧会というは、展示物は死物ですから、死んだものをよせ集め、集めたもので集大成を作り上げるということですよね。展覧会のオープニング前夜は、最後の見切り、これでいいかな、という点検をするわけですが、1人で椅子に座って展示場を眺めるうち、「ここに何か動くもの、生きているものがあればいいな」「ここでモーツァルトとか 、ショパンとか、音楽でも流れてきたら、どれほど幸せかな」と思い至った。そうした経験があったのです。音楽を聴く楽しみだけに制約せず、眼の楽しみと協奏できたら、もっと楽しいのではないか。海外の映像による情報ですが、修道院の書庫や王国貴族の宝物庫で音楽会を開催していて、コンサートホールで聴く音楽とは、また違った楽しみ方がある。鈴木さんはそういうことについて耳を傾けてくれる方に違いない。僕はそう思ったわけです。鈴木さんのパトロナージュの先には、音楽をもっと身近なものにしたい、という思いがあるのだろうと思います。実際に東京・春・音楽祭では、美術館や博物館も会場になっていますよね。僕はそれが正解だと思っています。メイン会場でのイベントとは一味違う、音楽の楽しみ方の提案をされていますよね。

鈴木 だから、国立科学博物館の恐竜の前で室内楽の演奏会を開いたりしています。子どもも楽しめる。大変なこともたくさんありますが、やっぱり面白いですよね。

西野 耳で音楽を聴きながら、眼で周囲の展示物の有り様を追っていく。これは贅沢ですよ。

鈴木 僕は昔、世界有数の財閥であるロスチャイルド家の息子と仲良くて、「一番初めに感動した音楽は何か」という話になった時に、彼は「子どもの頃に家のリビングにマリア・カラスが来て歌っていた。あれは感動した」と言うんですよ。彼は歌もうまかった。そういう環境で育った人は何か違いますね。

西野 音楽との距離感は、日本よりも、西洋の方がはるかに近い。

鈴木 日本でも江戸時代は酒を飲みながら唄を聞いたりしてね、芸者さんもたくさんいました。こういう話をしているうちに、西野さんとは気が合いそうだと思ったわけです。西野さんみたいにこれだけ多くの本を出している方もいないですよ。僕はすごく大切にしていて、時々読んじゃう。

西野 著書の多さで、なにか記録をつくりたいですね。売れない本ばかりで、普通はね、出版社も売れない本は出してくれないのにね。

©︎ヒダキトモコ

「記憶にしか残らないから音楽祭をやりたい」

西野 東京・春・音楽祭は今年20周年を迎えます。20年間続くって、ほんとうに大変なことですよね。音楽祭のパンフレットを見ると、ものすごい数の企業が列をなしているでしょう。これほどのスポンサーを獲得している文化催事は他にないと思いますよ。

鈴木 よくこれだけ増えたなと思いますよ。こういう活動をやっているから西野さんのような方とも知り合えた。僕の本業だけなら絶対会えない方々ですよ。

西野 ここに並ぶ協賛企業名を見ていると、鈴木さんとお付き合いできていることが、つくづく不思議に思えてきます。それぞれ、一国一城を築いているような大企業ばかりで、しかも横並びに並べられていて、どこからも文句が出ない。普通なら考えられない話ですよ。

鈴木 普通だと一業種から一社かもしれませんが、同業から複数の企業に並んでいただいた。日本では考えられないことかもしれません。

西野 国家事業でも、こういう横一線の協力体制を作るのは難しい。これが可能になるのは、文化だからですし、音楽だからでしょうね。大学もそういう意味では、色々な支援体制を作ることのできる組織だと思っています。学術の世界は、本来、ニュートラルですからね。ところが、大学も最近ひどく政治化してしまった。軍民両用に適用可能な「デュアルユース」の問題で騒がれるなど、教育が国に首根っこを押さえられてしまった。文化は、そもそもが普遍言語(ユニバーサル・ランゲージ)だったわけです。国の体制や、思想や宗教がどうあれ、科学や芸術はニュートラルであり、共通の言語の上に成り立っていたわけです。だから、ロシアの政治体制がどうであれ、ロシアの芸術までだめだとは言えない。また、言ってはいけないはずなのです。ところが今の世の中、上に立つ人たちによって、そういうものがどんどん瘦せ細らされてしまい、音楽の普遍言語や、造形の普遍言語が、消滅の危機に瀕している。こういう時だからこそ、競合する企業どうしが、なにか一つのイベントに名を連ねるような機会が存在するというのは、本当に有難い話ですよね。

鈴木 僕は、企業へ音楽祭の協賛のお願いに行っても変に頭を下げるな、と事務局にも言っています。こちらはちゃんとしたことをやっているのだから。

西野 僕も同感です。インターメディアテクは入場料を取りません。ですから、企業を訪ねるときにも、「大学の教育研究のために無償で仕事をしています」と、胸をはって言ってきました。そういう意味で、頭を下げていません。ビジネスのためではない、というのは説得力を持ちますよね。

鈴木 それに、東京春祭は公的な補助金をもらっていません。本当にやりたいことをやるために。これは当初からずっと言い続けていることです。

西野 鈴木さんにはご自身のお財布でやってきたという、絶対的な強みがある。だから20年も続いているのだと思います。ただ想像するに、もう莫大なお金を、このために使われてきたわけですよね。

鈴木 それは考えないようにしています。

西野 儲かっているIT系の企業は、この社会にいくらでも存在するわけですよね。そういう企業のオーナーが考えることといえば、美術コレクションを作ることくらい。ですが、鈴木さんのやられてきたことは、まったく違うわけです。音楽は流れ、消えていくものですからね。コレクションを作る人は、資産価値になるのではないか、などと先のこと考えながらやっている。つまり先行投資ですね。音楽のパトロナージが貴重であるというのは、1回のイベントのために資金を提供する。あとには記憶や、記録しか残らない。雲散霧消していくわけですよ、音楽支援の場合には。それこそが文化支援の本来的なあり方だと思うのです。だから誇りを持っていいと思います、音楽を支援することは。

鈴木 音楽は記憶にしか残らないですからね。記憶にしか残らないから音楽祭をやろうという思いはあります。ホールを作るよりもね。

西野 ですから、奇特であり、有難い。音楽祭に鈴木さんの名前が冠されているわけでもない。いずれ名前入れたらどうですか?

鈴木 いや、これでいいです。東京・春・音楽祭で良かったんですよ。

©︎ヒダキトモコ/2023年に東京文化会館北側に展示された「東京・春・音楽祭×モバイル・ミュージアム『西洋を魅了したニッポン本草デザインーー上野恩賜公園開園150年に向けて』」

文化プロジェクトのためには強大なパワーが必要

鈴木 今回、音楽祭のデザインも西野さんに一新していただきました。それまで鈴木一誌さんのデザインでしたが昨年亡くなられて。それで西野さんに相談しました。市松模様がいいですね。

西野 正方形というのは、造形の歴史を振り返るとわかりますが、すぐれて日本的なものなのです。西洋のデザインには、正方形があまり出てこない。クレジットカードのような、いわゆる黄金比と言われているものが主流だからです。それもあって、日本的な雰囲気を出すに、市松模様はどうかなと考えたのです。この「祭」という手書きの文字ね、こういうカリグラフィーも、日本的だからいいかなと。

鈴木 これは海外の音楽家にも非常に評判が良かったです。僕らが思う以上に海外の方には、市松模様といえばジャパン。春に日本で開催しているイベントだということがよく分かると言っていました。英語版のパンフレットも早く作らないと。ここまでの規模の音楽祭は、海外でも少なくなってきましたからね。

西野 僕も2018年の東京・春・音楽祭から、東京文化会館脇の水路を使って、上野の歴史、音楽やダンスにちなむポスター展示をしてきました。「海外では、大掛かりなイベントのさいには、屋外展示を積極的に展開しています。春の音楽祭のときに、上野でもどうですか」と鈴木さんに提案したんですよね。上野公園の関係部局と交渉してもらったところ、文化会館脇の水路の上ならよろしい、ということになった。海外では屋外でも、さまざまな場所で展示ができますが、日本はとくに規制が厳しい。ただ、水路の上ならできる、というのは発見でした。それで音楽祭に合わせて計4回展示をしました。それにしても、日本で何か新しいことをやるのは難しいですね。上野公園のグランドデザイン計画もなんとかなるといいのですが。

鈴木 上野公園管理事務所の建物の景観もね。

西野 国立科学博物館から道路を越えて、上野駅の操車場の上の空間を利用して、ガラス張りの展望スペースや、恐竜の骨格を置けるような、広々とした展示スペースが造れないものかと考えたことがあります。上野でも、なにかスケールの大きなリノベーションが実現するとよいのですが。

鈴木 音楽祭で東京国立博物館の正面に舞台を作りたかったけど、無理でした。

西野 文化的な大プロジェクトをまとめるためには、やはりハイパー・パワーが必要です。やりようによっては、巨大テントを張って、ベルリン・フィルのコンサートだってできるかもしれない。万博の巨大なコストから見たら、ほんとうに微々たるものなのに。

鈴木 そういう意味でも、2020年の東京オリンピックに合わせて企画していた新宿御苑でのベルリン・フィル無料コンサートが出来なかったのは残念でした。あの野外公演はベルリン・フィルも喜んでいたのに。コロナで中止にせざるを得なかった。

西野 あの時も、真剣に、屋外パネル展示を考えていたんですよ。ベルリン・フィルの野外コンサートで、どういうものができるかなって。

鈴木 僕もね、大真面目に大金を使おうとしていました。

西野 とにかく音楽にしてもアートにしても、日本は床の間の上の話のようになってしまって、日常生活との乖離がひどすぎます。そういうものを身近なところへ持ってくるためには、力技でそれを実行できる人が出てこないと、文化的にステップアップできないのではないかと思います。コンセンサスとか、ユニバーサルデザインとか、そうしたことを必要以上に考えすぎると、オリジナルな仕事は実現しません。文化事業にはそうした考え方が、絶対に必要だと思います。音楽の世界には、幸いにして、鈴木さんのような方がおられる。東京・春・音楽祭が文化活動として継続できているのは、鈴木さんの強固な意志があるからです。日本の文化が世界の流れのなかで発信力をもつためには、そういう力をもつ方が必要なのです。

鈴木 そうですか(笑い)。僕も時々西野さんの本を読みながら、こんな贅沢な本の作り方ができる人がいるのか、西野さんは楽しそうだなと思っているんですよ。

©︎ヒダキトモコ/インターメディアテク3Fの展示エリアにて。

取材・文:出水奈美
西野嘉章(にしのよしあき)略歴

[職歴]
1952年 生まれ
1979年 東京大学文学部美術史専攻卒業
1983年 東京大学人文科学研究科博士課程中退
1984年 弘前大学人文学部講師
1986年 弘前大学人文学部助教授
1993年 文学博士(東京大学)
1994年 東京大学総合研究資料館助教授
1996年 東京大学総合研究博物館研究部博物情報メディア研究系助教授
1998年 東京大学総合研究博物館研究部博物情報メディア研究系教授
2002年 東京大学総合研究博物館寄附研究部門担当教授(併任)
2010年 東京大学総合研究博物館館長/教授
2013年 東京大学総合研究博物館館長/教授・インターメディアテク館長
2017年 東京大学総合研究博物館インターメディアテク館長
2022年 東京大学名誉教授・インターメディアテク顧問。
(現在に至る)

[在職中の業務]
ミュージアム・テクノロジー(MT)寄付研究部門、インターメディアテク(IMT)寄付研究部門を立ち上げ、「アート・アンド・サイエンス」を基軸テーマとして、モバイルミュージアム・プロジェクトを創案・実践し、複合教育プログラム、グローバル学術標本ネットワーク、郵政インターメディアテクなど、多くの事業を推進した。

[著書・展覧会]
『十五世紀プロヴァンス絵画研究』(1994年、岩波書店)、博物館工学三部作『博物館学』『大学博物館』『二十一世紀博物館』(1995年、1996年、2000年、東京大学出版会)、『装釘考』(2000年、玄風舎、2012年(文庫版)、平凡社、2013年(中文版)、台湾大学出版中心)『ミクロコスモグラフィア講義録』(2004年、平凡社)、『チェコ・アヴァンギャルド』(2006年、平凡社)、『西洋美術書誌考』(2009年、東京大学出版会)、『浮遊的前衛』(2012年、東京大学出版会)、『モバイルミュージアム』(2012年、平凡社)、『インターメディアテク』(2013年、平凡社)、『装釘考(繁体字版)』(2013年、臺湾大學出版中心)、『前衛誌——未来派・ダダ・構成主義』(外国編)(2016年、東京大学出版会)、『行動博物館(繁体字版)』(2016年、芸術家出版社)、『装丁考(簡体字版)』(2017年、中信出版中心)、『村上善男』(2017年、玄風舎)、『前衛誌——未来派・ダダ・構成主義』(日本編)(2018年、東京大学出版会)、『本草学から博物学へ』(編著、2019年、東京大学総合研究博物館)、『雲の伯爵』(2020年、平凡社)、『書姿考』(2020年、玄風舎)、『學舎景』(2020年、臺湾大學出版中心)、『ことばとかたち——キリスト教図像学へのいざない』(2023年、東京大学出版会)、『洋学誌——解剖・言語・博物』(2023年、思文閣出版)、『チェコ・アヴァンギャルド(ライブラリー版)』(2024年、平凡社)等がある。展覧会企画・図録は『東アジアの形態世界』『歴史の文字』『学問のアルケオロジー』『真贋のはざま』『マーク・ダイオンの「驚異の部屋」』『プロパガンダ1904-45』『グローバル・スーク』『学術標本の宇宙誌』『東京大学コレクション』『鳥のビオソフィア』『維新とフランス』『アントロポメトリア』『形と力』『逸脱美考』『マリリンとアインシュタイン』『帝大医學』『Le Comte des nuages』『王立キュー植物園の精華』『ルドベック・リンネ・ツュベルク』ほかに共著書・翻訳、展覧会など多数。

[受賞歴]
1994年 渋沢・クローデル賞(毎日新聞)(『十五世紀プロヴァンス絵画研究』)
2008年 竹尾賞(著者賞・デザイン賞)(『チェコ・アヴァンギャルド』)
2008年 ディスプレイデザイン賞(最優秀賞・朝日新聞社賞)(「鳥のビオソフィア—山階コレクションへの誘い」展)
2013年 空間デザイン大賞・日本経済新聞社賞・グッドデザイン賞・JCDデザインアワード金賞・ディスプレイ産業賞(「JP タワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク」)
2015年 フランス共和国最高勲章レジョン・ドヌール(シュヴァリエ)受賞
2016年 文化庁長官表彰
その他、造本装幀コンクール受賞・空間デザイン賞多数。

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