JOURNAL

20th Anniversary Special Talk

対談 vol.7:クレメンス・トラウトマン(ドイツ・グラモフォン社長)×鈴木幸一

東京・春・音楽祭実行委員長、鈴木幸一の対談シリーズ。vol.7のゲストは、ドイツ・グラモフォンのクレメンス・トラウトマン社長です。ドイツ・グラモフォンは1898年、レコード盤蓄音機(グラモフォン)の発明者エミール・ベルリナーによって設立された世界最古のクラシック専門レーベルで、近年は配信サービス「ステージプラス」も展開しています。音楽とテクノロジーや、文化と経済のつながりについて、オンラインで語り合いました。

 

クラシック音楽と新しい技術の親和性とは

対談はオンラインで行われた

鈴木幸一(以下鈴木) 僕は昔から音楽が大好きで、朝から晩まで蓄音機にかじりついていたような子どもだったのですが、家にあったレコードのほとんどがグラモフォンでした。少年時代はレコードがすべてと言ってもいいような生活を送っていました。僕は仕事でインターネットの歴史の早い時期から関わっていますが、ドイツ・グラモフォンがインターネット上で新しい試みを始めるということを聞いた時には感慨深かったですね。
東京・春・音楽祭も20周年を迎え、今年はルドルフ・ブッフビンダーさんによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲の演奏会(3月15日~3月22日、全7回)の内2回をドイツ・グラモフォンが収録配信します。こういう形で新しいコンテンツを一緒に作り出せるようになったことを、非常にうれしく思っています。

クレメンス・トラウトマン(以下トラウトマン) 私にとって鈴木さんと一緒に仕事ができることは、とても喜ばしいことです。というのも、鈴木さんと私は同じ波長と言いますか、同じつながりを持っていると思うんですね。一つはもちろん音楽に対する強い情熱です。鈴木さんは若い人たちに音楽をオープンに与えていきたいという気持ちが強いのだと、私は理解しています。もう一つは技術面です。鈴木さんはIIJ(インターネットイニシアティブ)の創業者として、長い間インターネットの会社を経営しています。我々ドイツ・グラモフォンは、インターネット技術が今後音楽において大きな役割を持つであろうと考えています。そこで、映像と音楽の配信サービス「ステージプラス」というプラットフォームを作ったわけです。そういう点でもつながりがあると思っています。

鈴木幸一(以下鈴木) 僕は一も二もなくクラシック音楽を尊敬しています。ポップスは刺激的ですし、新しい技術に対しても先鋭的な取り組みをしています。一方で、クラシック音楽は非常に精神的な世界で、そう簡単なものではない。僕自身、新しい形態で音楽を聴くということにあまり関心が持てませんでした。
トラウトマンさんたちから「ステージプラス」の話をうかがったのは、たしかパンデミックのさなかの2022年5月頃だったと思います。伝統あるドイツ・グラモフォンが新しい技術革新に対応した形でコンテンツを提供することに力を入れるのはうれしいことでしたが、ちょっと複雑な気持ちもありました。というのも、技術的におそらくIIJは一番先進的なことをやっているのですが、そこにクラシック音楽が新しい技術で提供されるということに対して「ああ、そういう時代になったのか」「僕が先頭を切ってやっていかなきゃいけないのか」という思いが交錯したんですね。
付け加えると、2023年の東京春祭ではピアノのキット・アームストロングさんによる「鍵盤音楽年代記」という5回シリーズの演奏会がありました。彼の音楽を聴いていると、練習法から違うんじゃないかというような非常に革新的なピアノでした。好き嫌いは別として、音楽を根本的に変えていくような、ああいうアーティストが登場したことも新鮮でした。新しい技術を使ってドイツ・グラモフォンが新しい世界を拓いていくことに対して、一緒にできることがあれば僕としては非常にうれしいです。

ドイツ・グラモフォン社長のクレメンス・トラウトマン

トラウトマン 鈴木さんとの最初の出会いは非常にインスピレーションを受けるものでした。たしか4~5時間話をしたと思います。伝説的な存在であるカラヤンとバーンスタイン、ムーティは東京春祭でも毎年指揮をしていますが、ドイツ・グラモフォンのアーティストであるバス・バリトンのブリン・ターフェルからピアノのブッフビンダーまで……さまざまなアーティストの話をしましたね。
そして技術の話です。我々は「ステージプラス」を作りましたが、最新の技術と同時に古い世界も大切にしています。ドイツ・グラモフォンは蓄音機が発明されて間もない1898年に創設され、その当時の素晴らしいオペラ歌手エンリコ・カルーソーやヒョードル・シャリアピンの歌を録音し、蓄音機で広めていくということを始めた歴史があります。古いものと新しいものの関係性を大事にして、最新の技術でつないでいきたいと考えています。

鈴木 僕は今朝、若い頃に一番好きだったハンガリー出身の指揮者フェレンツ・フリッチャイ(1914~1963)のCDを聴きました。やっぱり素晴らしいですよ。たしかフリッチャイはドイツ・グラモフォンのアーティストだったと思います。
コンテンツを提供する側と、古くからの音楽ファンとの関わり方は今、大きく変化しています。ドイツ・グラモフォンは、僕にとっては文化そのものを提供するようなレーベルです。その伝統ある会社が、新しい技術である配信サービスを始める時に、過去に僕らが音楽に熱狂したような形態との親和性を大切にしてほしいと思うんですね。ただ最新の技術を使ったという配信サービスの提供の仕方ではなく、ドイツ・グラモフォンらしい形で提供してほしい。それは何かと言えば、文化だと思うんですけどね。そういう意味で、何かを一緒に作っていけるのであれば僕としては非常に喜ばしいことです。

音楽と同時に文化を提供する使命がある

鈴木 僕はインターネットの世界では古いのですが、アップルの創業者スティーブ・ジョブズとは友人でした。後にアップルが配信するさまざまなサービスに対する可能性を追求したという意味でも、彼は天才ですね。サービスそれぞれの文化的な意味をどう考えていたのか、ということまでは分かりませんが。
僕は数学しか才能がなくて、コンピューターの世界に進みました。西洋音楽に憧れて、音楽祭を開催するほどクラシック音楽が好きな人間にとって、ドイツ・グラモフォンとどういう形で一緒に組めば、よりよい音楽を提供する形の可能性の追求ができるのか。そんなことをたくさん議論したいですね。また、音楽祭のなかでドイツ・グラモフォンの協力を得てできることは何だろうかということも考えながら、新しいスキームが作れたらいいなと密かに期待しています。

トラウトマン 我々がしなければならないのは、幅広い聴衆に文化を伝えていくことだということですね。「メディアはメッセージである」と言ったのはメディア論で有名なカナダの英文学者マーシャル・マクルーハン(1911~1980)でしたが、我々は音楽に対する情熱を持って、文化的な背景も考えながら音楽を届けていかなければならないと思います。
東京春祭は非常に質の高いプログラムを提供しています。先ほどキット・アームストロングさんの名前が出ましたが、彼は昨年東京春祭で音楽史的に考え抜かれた5回のプログラムを組み、我々がライブ配信をしました。今年はブッフビンダーさんがベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を演奏し、我々は収録配信をします。素晴らしいことだと思っていいます。


©︎大倉英揮/東京文化会館で談笑するトラウトマンさん(左)と鈴木(2023年)

文化とビジネス どちらにも「志」が不可欠

鈴木 トラウトマンさんはクラリネット奏者でもあり、法律家でもあり、ビジネスにも関わっておられます。僕は音楽の専門家ではありませんが、音楽祭を始めて20周年を迎えます。東京春祭にはどんな印象をお持ちですか。

トラウトマン 20周年、本当におめでとうございます。これは誇るべき年月です。鈴木さんも幼い頃に音楽に感動した体験があって、実際に音楽を理解していくには長い年月が必要だったと思います。種をまいて、それがだんだんと育って実るまでには時間が必要です。音楽を聴くという生活や、文化的な生活は、常に身近なところにあるわけではないと思います。それを考えると、東京春祭は本当に特別なものを提供し、日本の皆様へ届けているのだと思います。こうした芸術的な価値のあるものは後々まで残るべきです。人々のもとへ届いていかなくてはならないと思います。
東京春祭はすでに世界で名の知れた素晴らしい音楽祭だと思います。マレク・ヤノフスキさんが指揮する「ワーグナー・シリーズ」もあれば、バイロイト音楽祭とのコラボレーションの「子どものためのワーグナー」もあります。優れたアーティストを日本に招き、ドイツ・グラモフォンとゆかりの深いアーティストもたくさん出演しています。そういう意味においても、我々はとてもつながりが深い。文化を提供する活動を今後もご一緒したいと考えています。

鈴木 ありがとうございます。今後ドイツ・グラモフォンにとっても東京春祭にとってもプラスになることを、あるいは新しい形でコンテンツを提供する可能性を一緒になって探していきたいと思います。

トラウトマン 最後に、音楽家がビジネスをすることや経営者が音楽に関わることに関連して話をしたいと思います。私が面白いと思うのは、文化と経済は別々のものに見えていても、実は非常に近い関係にあるということです。芸術家は、まだ誰も見たことがないもの、聴いたことがないもの、ずっと人々の心に残り続けるようなものを生み出そうとしています。ルネッサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチは自分のアトリエを持ち、音楽で言うとワーグナーも自分の夢であるバイロイト祝祭劇場を作って自身の作品を上演しました。芸術家であったと同時に、経営者的な面も持ち合わせていたということになります。そういうところが、私は興味深いと思っています。

鈴木 そうですね。僕の場合は、事業をやることの面白さも、音楽祭とやることの面白さも、ある面では似ているんですね。全く違うことをやりながら、その過程において夢や思いがあって始めるわけです。どちらも成功させるということにおいては、ビジネス的なセンスが必要です。インターネットという新しい分野を日本で築いていくという思いと、それに突き進む思いと、日本語では志と言いますが、それを持っていないとビジネスも音楽祭もうまくいきません。野心という言葉でもいいかもしれません。アンビシャスを持ったらそれを実現するために目標を変えない、突き進むということが大事だと思っています。
音楽祭をやっていて一番勉強になったのは、ムーティさんの言葉でした。当初、音楽祭が思うようにいかなかった時にムーティさんが、「フェスティバルで一番難しいのは続けること。しかし、続けること以外にフェスティバルが成功することはあり得ない」と言いました。この音楽祭を始めて、東日本大震災があったり、コロナがあったり、いろんなことがありました。けれども、続けるということだけはムーティさんの教えを守ってきた。続けていく過程においては時代も技術も変わっていく。そういうなかで、今後も東京春祭を長く続けていくために、ドイツ・グラモフォンとさまざまな交流をしていきたいと考えています。

トラウトマン ありがとうございます。音楽家、企業家、そしてテクノロジーはばらばらなものではなく、つながることによって全く新しいものが生まれるという可能性がありますね。

鈴木 そうですね。今年の春もまたお目にかかれることを楽しみにしています。

取材・文:出水奈美

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会のVI(3/21)およびVII(3/22)は、ドイツ・グラモフォンの配信サービス「ステージプラス」で映像配信されます。

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