JOURNAL
ハルサイジャーナル
クラングフォルム・ウィーン 「トリッチ・トラッチ」世界初演レポート

「トリッチ・トラッチ」を委嘱した“Johann Strauss 2025 Wien”の年間プログラムと、演劇博物館のシュトラウス展で販売されていたコウモリのマグネット。撮影:佐藤美晴
J.シュトラウス2世―200年の時を超えて
東京・春・音楽祭に、現代音楽の新たな地平を切り拓くアンサンブル、クラングフォルム・ウィーンがやってくる。彼らの二つのコンサートのうちの一つが「クラングフォルム・ウィーンⅡ―J.シュトラウス2世生誕200周年に寄せて」であり、新作「トリッチ・トラッチ」(2025)が演奏される。名曲「トリッチ・トラッチ・ポルカ」の名を冠したこの愛らしい名前の作品は、オーストリア出身の作曲家ヴォルフガング・ミッテラー(1958-)が、ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の名曲19曲をリミックスし、クラングフォルム・ウィーンのために書き下ろした新作である。
日本公演に先立ち、2025年1月27日、ウィーンのコンツェルトハウスでその世界初演が行われた。その時の模様をここにレポートする。
2025年ウィーン、髭のワルツ王の席巻
公演レポートの前に、シュトラウス・イヤーのウィーンにおける熱気について少し触れておこう。今年はJ.シュトラウス2世の生誕200周年。「ウィーンすべてがシュトラウスになる」──この魅惑的なキャッチフレーズのもと、ウィーンでは1年間にわたって「ヨハン・シュトラウス2025ウィーン」という長期フェスティヴァルが開催されている。人気アイコンであるシュトラウスのポスターが街中に貼られ、この特徴的な髭の紳士の顔を見ない日はない。オープンしたばかりのシュトラウス博物館〜マルチ・ディメンション〜は、GPS付きイヤフォンを装着して館内を巡る、没入型のイマーシブ博物館だ。最先端のテクノロジーを取り入れて、J.シュトラウス2世を再解釈する試みも、今年は多く展開されている。

開演時間を前に心地よい緊張感が溢れる、ウィーン・コンツェルトハウスの様子。美しい内装に目が奪われる。撮影:佐藤美晴
J.シュトラウス2世がもっとも世界中で聴かれる機会であろうウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでは、第一部と第二部の間に『2025年シュトラウスの旅 2025-A Strauss Odyssey』という短編映像が放映された(日本では放映されていないが、DVDには収録)。主演の宇宙飛行士を演じたのはJ.シュトラウス2世の末裔、トーマス・シュトラウス。ワルツ王の小編成の音楽はいまもなお時空を超える。キューブリックの名画『2001年宇宙の旅 2001-A Space Odyssey』(1968年)をオマージュした映像美の中、宇宙飛行士は未来と過去の狭間を軽やかに飛翔した。

「トリッチ・トラッチ」世界初演の様子。東京・春・音楽祭公演での楽器編成は若干異なる可能性がございます。(c) Klangforum Wien/Christina Kastner
W.ミッテラーとクラングフォルム・ウィーン
新たなJ.シュトラウス2世の姿に期待が高まる中、クラングフォルム・ウィーンとW.ミッテラーによる新作「トリッチ・トラッチ」の世界初演が行われ、コンツェルトハウスの大ホールには多くの聴衆が詰めかけた。
W.ミッテラーは1958年生まれのオーストリア出身の現代作曲家。エレクトロニカや電子音楽のスペシャリストである。これまでにオルガンと管弦楽のための音楽、ピアノ協奏曲、サウンド・インスタレーション、映画音楽、多くのオペラ、音楽劇作品など多くの作品を発表し、世界的に高い評価を受けている。
舞台にはアンサンブルのほか、数多くの打楽器、2台ピアノ、アコーディオン、巨大なスピーカーなどが並んでいた。エレクトロニクスとJ.シュトラウス2世──想像がつかない。しかも70分強の作品と、大シンフォニーに匹敵する大作である。これは難解な現代音楽なのか、それとも気楽に聴ける音楽なのか? 会場には心地よい緊張感が漂っていた。

約70分にわたる公演を終え、満面の笑みで観客の拍手に応えるクラングフォルム・ウィーンのメンバー。(c) Klangforum Wien/Christina Kastner
“予期せぬ”音楽、シュトラウスの響きを体で感じる新体験
指揮者がタクトを振り、音が立ち上がる。エレクトロニクスとオーケストラの入り混じった音の波の中に、J.シュトラウス2世のメロディが浮かび上がった。あ、この曲は耳に覚えがある、懐かしい──かつてこの曲を聴いた時の記憶が蘇る。やがて、ひとの声や不思議な音が通り過ぎ、音は歪む。音の波は増幅し、重なり、時に電光のように、嵐のように、聴き手を──思いがけない世界へ連れて行く。しかし、シュトラウスのシンプルなメロディは、どこへいっても幸福な終わりへと導いてくれる。どんな激動の時代にも、ウィーンの人々はこの音楽に身を委ねて踊りつづけてきたのだ。
このライブパフォーマンスは、髭のワルツ王が現代に蘇る愉しき祝祭のようだ。このコンサートでは19曲の大ヒットナンバーが、5分前後の13曲へとリミックスされている。一曲ごとに指揮者とオーケストラが、満面の笑みを浮かべて挨拶し、それに観客も笑顔と万雷の拍手でこたえる。これすらもパフォーマンスの一部なのだろう。大きな拍手でわたしも仲間に加わる。
音に身を浸していると、ウィーン市民に長く愛されてきたプラーター遊園地のアトラクションのことを思い出した。懐かしい旋律は現代と交差して旋回し、渦を巻いた。
東京・春・音楽祭へ
クラングフォルム・ウィーンの芸術監督であるペーター・ポール・カインラス氏は、今回の上演について「作曲家ミッテラーは、ヨハン・シュトラウス2世の音楽を『新たなエネルギーに満ちた作品』にアップデートした。驚きの瞬間が、そこにある。」と語っている。
現代音楽の最前線で常に挑戦を続けるクラングフォルム・ウィーン。私たちの時代に現れた新しいシュトラウスの姿が、この春、東京へと届く。
関連動画
クラングフォルム・ウィーン 芸術監督/CEO ピーター・ポール・カインラスからメッセージ!
関連公演
クラングフォルム・ウィーン II
J.シュトラウス2世 生誕200年に寄せて
日時・会場
2025年3月28日 [金] 19:00開演(18:30開場)[約70分]
東京文化会館 小ホール
出演
曲目
J.シュトラウス2世 ー great hits / a remix
W.ミッテラー:トリッチ・トラッチ(日本初演)
ヴォルフガング・ミッテラーによって生まれ変わる、J.シュトラウス2世のワルツやポルカ
[使用予定曲]
トリッチ・トラッチ・ポルカ、アンネン・ポルカ、仲良しのワルツ、ハンガリー万歳!、春の声、ウィーンの森の物語、皇帝円舞曲、クラップフェンの森で、芸術家の生活、浮気心、女性賛美、ペルシャ行進曲 /他
チケット料金
全席指定:¥8,000
U-25:¥2,000
