JOURNAL

クラシック音楽 作品番号いろは

文・布施砂丘彦

モーツァルトのディヴェルティメントのニ長調K.136とK.251

 作品番号とは、作品を識別するために楽曲へ付された番号です。クラシック音楽の楽曲には必ずしもタイトルがあるわけではなく、ジャンルの名前が記されているだけ、ということも多くあります。たとえばひとくちに「モーツァルトのディヴェルティメント」だとか「バッハのプレリュード」と言っても、どの作品か特定することができなくなってしまうわけです。ここにその楽曲の調性を書き添えることもありますが、やはり「モーツァルトのディヴェルティメントのニ長調」といっても、複数のものが当てはまってしまいます。そこで登場するのが作品番号です。これがあれば、例えば楽譜を販売したりするときに間違いを防ぐことができるでしょう。
 では、作品番号というものが普遍的に体系だったものかというと、残念ながらそうではありません。作曲家ごとに作品番号のシステムは異なるし、同じ作曲家でも複数の作品番号の分け方を持っていることも少なくないし、作品番号のある曲とない曲もあります。なぜなら、作品番号というものはさまざまな理由から必要とされて使用されてきたものなので、ある日とつぜん法律ができて「作品番号とはこのようにするべし」と決まったものではないからです。街だとか言語だとかの成り立ちと似ているかもしれません。ダイナミックな流れはありつつ、たくさんの「不規則変化」で溢れています。

 さて、作品番号を付ける主体としては、おおきく「出版社(者)」「作曲家本人」「学者」の3つのパターンがあります。
 まずは楽譜の出版の歴史から見ていきましょう。オッターヴィオ・ペトルッチが楽譜の活版印刷技術の特許を取ったのが1498年だと言われておりますが、16世紀になると楽譜の出版が始まります。そしてこの16世紀の終わりである1597年にヴェネツィアで出版されたヴィアダーナのモテット集〈Motecta festorum〉にはOp.10という作品番号が付いていました。この「Op.」とはラテン語で「作品」を意味するopus(オーパス)の略です。18世紀ごろまでは一般に(判別のしにくい)器楽曲に番号が与えられることが多く、またそれぞれ出版社(者)が独自にカウントすることが多かったため、ひとりの作曲家の作品全体を体系的に網羅するというような目的ではありませんでした。

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲Op.1

 19世紀ごろになると作曲家がみずから一貫性を持って楽曲に作品番号を振るようになります。ベートーヴェンは1795年に自作のピアノ三重奏曲へOp.1という番号を与えて以来、主要な作品のほとんどに自ら番号を与えました。これは19世紀には一般的なこととなっていきます。このような習慣が生まれた背景には、貴族や教会など特定の相手への演奏機会を目的に作曲をすることがメインだった時代から公開演奏会や楽譜の出版などひろく公開することがメインである時代に移行したことや、作曲家の「個」が強く重視される時代になっていったことも関係しているでしょう。なお、この当時の作品番号は、作曲順ではなく出版順に付けられることが多かったため、必ずしも作曲した順番と作品番号が同じわけではありません。

 後世の研究者が作曲家の作品目録を作るようになると、そこに整理番号を与えるようになります。これは、これまでの出版社や作曲家本人のものとは異なり、全作品を網羅しようとする目的のものであり、作曲家の死後に行われるものであることから、ある程度体系的な番号となります。しかし、一度整理番号を付けられてもそのあとに発見された作品などには中途半端な番号が与えられたり、最後よりも次の番号が与えられたりすることもあり、研究が進めば進むほどより複雑になっていきます。これによって、さらに後の研究者が新たな番号体系を作ることもありますが、これまでの浸透具合からけっきょく双方の番号が併用されることとなるパターンも少なくありません。
 後世の研究者が与える番号には、作曲順に並べられたものと、楽曲の形式や編成などといったジャンルごとに分けられたものの大きく2つのパターンがあります。また、その名前には、研究者の名前が付されたものと、作曲家の頭文字に作品(Werk,work)を意味するWなどが付けられたものがあります。
 たとえばモーツァルトのケッヘル番号(K.もしくはKv.)とは、研究家のルードヴィヒ・フォン・ケッヘルが1862年に刊行したモーツァルトの作品目録における整理番号のことで、作曲家の年代順で付けられています。ハイドンのホーボーケン番号(Hob.)は、音楽学者のアントニー・ヴァン・ホーボーケンが20世紀後半に刊行したハイドンの作品目録における整理番号のことで、こちらは交響曲などの管弦楽作品から始まって室内楽曲、独奏曲、宗教作品、歌曲、オペラなどと30以上のジャンルに分けられた番号となっています。ホーボーケン番号が時代順ではない背景には、ハイドンの作品がモーツァルトのそれと比べて、作曲年代がより明らかではないという点にあります。J.S.バッハの作品番号(BWV, Bach-Werke-Verzeichnis)は、カンタータから始まって声楽作品のあとに独奏曲、室内楽曲、管弦楽曲などと続く分類です。ベートーヴェンは少しややこしいです。ベートーヴェンの作品番号には、前述の通り自ら作品発表の際に記したOp.があり、そこに含まれていない作品を数えるためにあとから作られたWoO(Werke ohne Opuszahl=作品番号なし)や、さらにそこにも含まれていない作品のためのHess番号などがあります。さらに作曲家によっては、作曲者自身などが付けたOp.と、のちに学者などが付けた番号で複数の種類が並行していたりするものもあり、たとえばシューベルトやヴィヴァルディなどは、ひとつの作品に複数の異なる番号が付いていることも多くあります。たとえばシューベルトのピアノ五重奏曲《鱒》はOp.32でありD.550、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲《春》はなんとOp.8 No.1(もしくはOp.8-1)でありRV269でありP.241でありFI-22であるのです。なお、KやDなどの略称のあとに付けるドットは研究者によって見解が異なり、これも統一されていないのが現状です。

バッハ:カンタータ第140番《目覚めよ、と呼ぶ声あり》BWV140

【作品番号の豆知識】

〜作品番号からおおよその作曲年が分かる!?〜
 モーツァルトはコンスタントに作曲をしていた作曲家です。そしてケッヘル番号は年代順の分類ですので、ケッヘル番号の数字から、およそ何歳のときに作曲したものか計算することができるのです。
モーツァルトが作曲をしていたのは主に10歳ごろから亡くなる35歳までの25年間。なので、作品番号を25で割り、10を足せば良いのです(ただしK.1は5歳のときの作曲なのでK.50くらいまでは除外してください)。


〜簡単に覚えられる作品番号たち〜
 バッハのカンタータの番号は分かりやすいです。たとえば有名なものにカンタータ第140番《目覚めよ、と呼ぶ声あり》BWV140などがあります。このカンタータの第◯番という番号はBWVの番号順であり、ジャンルごとに分けられたBWVの最初がカンタータですので、カンタータの第◯番とは、BWVの数字とまったく同じです。
 それから、ブルックナーの作品番号WAB(Werkverzeichnis Anton Bruckner)はジャンルごとの分類で、彼の交響曲はWAB99から始まります。彼は番号のない2つの習作(いわゆる第00番と第0番)があるため、交響曲第1番はWAB101、第9番はWAB109となります。ですから、交響曲の番号にただ100を足すだけで作品番号になるわけです。

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