JOURNAL
ハルサイジャーナル
ヴヴヴのヴェルディ
第1回 名作オペラ殺人事件
文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)
オペラは最高のエンタテインメントだが、ひとつ気になることがある。それは「登場人物がやたらと絶命する」という点だ。おおむね悲劇が描かれるのだから、そこに事件が起きるのはしかたがないのかもしれないが、作者は登場人物の命を粗末にしすぎではないか。ヴェルディのオペラも例外ではなく、悲劇を盛り上げるために多数の登場人物たちが復讐や決闘、戦争、処刑、自死などで命を落とす。
そこで、ふと気になったのが、登場人物のサバイバル率だ。オペラの主要登場人物が、幕切れまで生き残れる確率はどれくらいあるものか。
ヴェルディのオペラから人気作と思われる悲劇8作品を選び、主要登場人物の運命を調べてみた。以下、〇は生き残った人物、×は他殺自殺を問わず命を落とした人物である。なかにはドン・カルロスのように「先祖の墓に引き込まれる」といった生死のはっきりしない結末もあるが、現世には残らなかったのだから×とするのが妥当だろう。また、「アイーダ」のアモナスロみたいな、いわゆる「ナレ死」のような形、つまり絶命シーンが舞台で描かれず、別の登場人物のセリフでのみ示されている例も含んでいる。
以下、初演順に8作を並べる。(カッコ内数字は初演年)
「マクベス」(1847年)
〇2名 マクベス夫人、マクダフ
×3名 マクベス、バンコー、ダンカン王
「リゴレット」(1851年)
〇2名 リゴレット、公爵
×1名 ジルダ
「イル・トロヴァトーレ」(1853年)
〇2名 ルーナ伯爵、アズチェーナ
×2名 レオノーラ、マンリーコ
「椿姫」(1853年)
〇2名 アルフレード、ジェルモン
×1名 ヴィオレッタ
「仮面舞踏会」(1859年)
〇3名 アメリア、レナート、ウルリカ
×1名 リッカルド
「ドン・カルロ」(1867年)
〇4名 エリザベート、フィリップ2世、エボリ公女、大審問官
×2名 ロドリーグ、ドン・カルロス
「アイーダ」(1871年)
〇2名 アムネリス、ラムフィス
×3名 アイーダ、ラダメス、アモナスロ
「オテロ」(1887年)
〇2名 イヤーゴ、カッシオ
×3名 オテロ、デズデーモナ、ロデリーゴ
さて、どうだろうか。こうして並べてみると、「リゴレット」「椿姫」「仮面舞踏会」あたりの中期作品は犠牲者がひとりのみだが、後年の「アイーダ」や「オテロ」になると容赦なく登場人物が葬られる傾向を感じなくなくもない。合計すると生存者19名、犠牲者16名。サバイバル率は54%。舞台上の生存競争は過酷だ。ただ、同じオペラ作曲家との比較でいえば、ワーグナーよりは犠牲者が少ないかも?
私たちはなぜこのような悲劇を劇場で楽しめるかといえば、それはリアリティがないから。別の言い方をすれば様式化されているから。オペラとはそういうものだという了解が作者と聴衆の間にできあがっている。現実世界に起きている悲劇は容易に直視できるものではない。でも様式化されると悲劇はエンタテインメントになる。オペラの大敵はリアリズムだ。