JOURNAL
ハルサイジャーナル
イギリス音楽における最大の存在、そして偉大な交響曲作家ヴォーン・ウィリアムズ
文:林田直樹

ヴォーン・ウィリアムズ/1920年頃
作曲家レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)の重要性は、彼が真にイギリス的な音楽とは何かを探求した点にある。
そのポイントは大きく二つある。
第一に、イギリスの民謡や賛美歌を熱心に集め、それを調査研究し楽譜として出版したこと。この態度は同じ時代のハンガリーの作曲家バルトークと共通する。その目的は、人口の流動化によって急速に失われつつある各地の民俗音楽を書き留めてしっかりと残し、伝えていくことであった。それは「古きイングランド」とのつながりを人々が取り戻す手段にもなった。
第二に、テューダー朝の音楽にルーツを求めたこと。ヘンリー8世やエリザベス1世が活躍した16世紀は、イギリス国教会と絶対主義王政の確立によって、国家としての基礎が作られた時代である。当時活躍したトーマス・タリスやウィリアム・バードの音楽を研究し、その和声法や旋律美を学んで、自らの音楽語法を熟成させていった。「タリスの主題による幻想曲」は、その成果を示す代表作である。
ヴォーン・ウィリアムズの作品の中で、日本で最も有名なのは「グリーンスリーヴズによる幻想曲」だろう。この曲は古き良きイングランドのイメージを伝える、美しく田園的な作品であるが、これは作曲家の一面を示すにすぎない。
評伝「レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ〈イギリスの声〉をもとめて」(小町碧・高橋宜也訳、アルテスパブリッシング刊)の著者サイモン・へファーも指摘するように、「そもそも田園的であることは、決して牧歌的であることを意味しない」。
イギリスの大地からたくさんのインスピレーションを作曲家が受けたことは確かだが、それはあまりにも多様であり、単なる風景描写に留まるものでもない。
たとえば代表作のひとつ、ヴァイオリンとオーケストラのための「揚げひばり」にしても、1914年、つまり第1次世界大戦の始まった年に作曲されたこの作品が、永遠の平和と自然との一体感を聴き手に想起させながら、何を伝えようとしているのかを考えてみるべきだろう。
20世紀の音楽史全体を考えてみると、ポスト・マーラーのシンフォニストとしてのヴォーン・ウィリアムズにも注目すべきである。20世紀の作曲家たちの多くが交響曲という形式に関心を失っていく中で、保守的とみなされようとも交響曲の命脈を守り続けた側の一人なのである。9番まである交響曲は多様な個性と魅力にあふれる作品群であり、その内容の深さはショスタコーヴィチやシベリウスに匹敵する。最近はようやく少しずつ国内オーケストラの定期演奏会でも取り上げられるようになってきているが、もっとしばしば演奏されるべきだろう。
それらの特徴を大雑把に言うと、一歩引いた俯瞰で物事を広く見ているということだろうか。そこには大人(たいじん)の風格と思慮深さがある。無理に結論を言わないで、余白で語ろうとすることも多い。
第4番(1935年初演)と第6番(1948年初演)はその不吉な激しさにおいて特別である。民謡やルネサンス音楽の影響から脱して、彼が生きていた時代とは何だったのかについて直接的に語っているかのようだ。しいて言うなら、第4番はこれから迫りくる戦争への嫌悪感と不安であり、第6番は戦争がもたらした絶望と荒廃についての記憶の音楽ではないだろうか。ヴォーン・ウィリアムズは田園的な作曲家というイメージは完全に覆される。二つの大戦を生き抜いた20世紀の歴史の生き証人でもあるのだ。第7番「南極交響曲」(1953年初演)におけるオルガンや女声のヴォカリーズの神秘性に端的に表れているように、音響的な実験に対しても大胆であり続けた。

ドーキングにあるレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの像
ヴォーン・ウィリアムズは陶磁器で知られるウエッジウッド家の流れを汲む富裕層の出身であり、ノブレス・オブリージュ(高い身分と富を持つ者が負うべき社会的義務)の意識を強く持つ人だったという。栄誉あるメリット勲章は受けたが、ナイトの爵位を断り、イギリスの作曲家にとって最も栄誉ある「王室音楽師範」の任を二度も断っている。その理由は「尊大ぶったことに対する反感」に由来するものだったというから、何と潔い精神の持ち主であることだろう。
1958年の死後も、イギリスでは忘れ去られることなく、多くの作品が演奏され、レコーディングも増え続けている。エリザベス女王が亡くなった2022年9月には、国葬で交響曲第5番(オルガン編)と合唱曲「味わい、見よ」が演奏された。
イギリス最大のクラシック音楽専門放送局「クラシックFM」では毎年「ホール・オブ・フェイム」と称したクラシック音楽人気ベスト300曲をリスナーの投票によって集計しているが、2025年の発表では、ヴォーン・ウィリアムズの作品では「揚げひばり」(3位)「トーマス・タリスの主題による幻想曲」(4位)をはじめ、7曲がランクインしているという根強い人気ぶりである。
イギリス文化の本質に触れたいと思う人にとって――そして20世紀音楽史の欠かすことのできないピースであるという点においても、ヴォーン・ウィリアムズは、避けて通ることのできない作曲家である。
関連公演
ザ・ヴォーン・ウィリアムズ
日時・会場
2026年4月5日 [日] 14:00開演(13:30開場)
東京藝術大学奏楽堂(大学構内)
出演
指揮/お話:加藤昌則
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
曲目
ヴォーン・ウィリアムズ(R.グリーヴズ編):《グリーンスリーヴス》による幻想曲
ヴォーン・ウィリアムズ:
タリスの主題による幻想曲
劇音楽《すずめばち》序曲
交響曲 第4番 ヘ短調
チケット料金
全席指定:¥5,000 U-25:¥2,000
