東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2013-
東京春祭のStravinsky vol.2ストラヴィンスキー・ザ・バレエ
~ド・バナの《アポロ》、ベジャールの《春の祭典》
ベジャールによって育まれた新進気鋭の振付家ド・バナにより息を吹き込まれ、弦楽アンサンブルが支える《アポロ》、そして現代バレエの礎を作ったベジャールによる《春の祭典》。豪華バレエの2本立てです。
プログラム詳細
2013:04:14:15:00:00
■日時・会場
2013.4.14 [日] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール
■曲目・出演
《アポロ》
振付:パトリック・ド・バナ(新作)
音楽:ストラヴィンスキー(《ミューズを率いるアポロ》)
[試聴]
ドラマトゥルグ:ジャン=フランソワ・ヴァゼル
舞台美術:アラン・ラガルド
照明:喜多村 貴
衣装:シュテファニー・ボイエルレ
アポロ:ディモ・キリーロフ・ミエフ
ミューズ:
秋山珠子
(スペイン国立ダンスカンパニー プリンシパル)
橋本清香
(ウィーン国立バレエ団)
アレーナ・クロシュコワ
(ウィーン国立バレエ団)
演奏:長岡京室内アンサンブル
※当初予定されていた出演者および役柄より変更となりました。
《春の祭典》
[試聴]
振付:モーリス・ベジャール
音楽:ストラヴィンスキー
生贄:梅澤紘貴、奈良春夏
東京バレエ団
演奏:東京都交響楽団
指揮:ジェームズ・ジャッド
【試聴について】
[試聴]をクリックすると外部のウェブサイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」へ移動し、
プログラム楽曲の冒頭部分を試聴いただけます。
ただし試聴音源の演奏は、「東京・春・音楽祭」の出演者および一部楽曲で編成が異なります。
~関連コラム~
出演者
振付:パトリック・ド・バナ Patrick de Bana
ハンブルクで、ドイツ人の母とナイジェリア人の父の間に生まれる。ハンブルク・バレエ学校(ジョン・ノイマイヤーとトゥルーマン ・フィンニーが芸術監督を務める)で学んだ後、1987年にベジャール・バレエ・ローザンヌに入団、まもなくプリンシパルに昇格する。92年にベジャール・バレエ・ローザンヌを退団して、スペイン国立ダンスカンパニー(芸術監督ナチョ・ドゥアト)に▼続きを見る
移籍。プリンシパルとして10年以上、同団で活躍する。レパートリーには、ドゥアト、キリアン、ナハリン、フォーサイス、エック等の振付がある。2003年、自らのカンパニー、ナファス・ダンス・カンパニーを創立し、バレンシア州自治政府から「最優秀男性ダンサー賞」を授与、ナファス・ダンス・カンパニーには「最優秀ダンス・パフォーマンス賞」が授与された。有名なスペイン人映画監督カルロス・サウラによる映画『イベリア』(2004)と『ファド』(2006)の振付を担当、出演もした。映画公開の1年後には世界的に有名なファドの歌手マリーザとヨーロッパ・ツアーを行った。ナファス・ダンス・カンパニーとのツアーだけでなく、ゲスト・ダンサーとしても、トルコ、オランダ、キューバ、イスラエル、コロンビア、日本、南北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド等、世界各国を訪れている。有名なフラメンコ・ダンサー、エバ・ジェルバブエナ、ロシアのスター・ダンサー、ファルフ・ルジマートフともゲスト・アーティストとして共演している。多方面からの影響とその豊かな経験を生かして、世界中の様々なカンパニーやダンサーたちとともに益々多くの作品を創りだしている。この多様性こそがド・バナ及び彼の作品にとって重要な意味をもつ。異なる分野における豊かな多様性が、彼の全作品において、振付家としてのきわめてまれで特別な作風を与えている。具体的な実績を挙げると、まずインコルバレエ(南米コロンビア)のための『詩集』、その数ヶ月後、オランダのイントロダンス・カンパニーが上演した《クリアチュア》の初版。08年、東京でパリ・オペラ座バレエ団のエトワール、マニュエル・ルグリとの、ルグリのための最初の作品《ザ・ピクチャー・オブ…》の世界初演。09年1月、パリ・オペラ座バレエ団のエトワール、アニエス・ルテステュとパートナーを務めたド・バナ自身のための《マリー・アントワネット》に基づくパ・ド・ドゥを振り付ける。2月、ダンサーとパーカッション奏者とのやりとり《出会い》を創作、上演。7月、ド・バナ自身がマニュエル・ルグリと並んで踊った男性ダンサー同士のデュエット《ネフェス》の初演。また、マニュエル・ルグリの招きによるイタリア・カットリカ夏のダンスフェスティバルでの《クリアチュア》新版の作り直し。10月、東京バレエ団の委嘱による《ホワイト・シャドウ》の初演、これにはマニュエル・ルグリとド・バナ自身もゲスト出演した。その間も、マニュエル・ルグリ、アニエス・ルテステュ、オーレリ・デュポン、フリーデマン・フォーゲル、上野水香、ファルフ・ルジマートフ、エバ・ジェルバブエナ等のスター・ダンサーたちとのコラボレーションを続けている。加えて2010年には多くの新作がある。まず2月に《クリアチュア》《ザ・ピクチャー・オブ…》《ホワイト・シャドウ》のトリプル・ビルの夕べ。3月、イスタンブール国立オペラ・バレエ団のためのバレエ《クリアチュア》の再演。5月には中国国立バレエ団との《クリアチュア》のセッティングと共演。6月、イスタンブールでゼイネップ・タンベイ・ダンス・カンパニーとのワークショップ。11月、イスタンブール・カルチュラル・シティー・フェスティバル2010において、トルコ伝統舞踊のカンパニー「シャーマン・ダンス・グループ」のための振付をする。また、ウィーン・フォルクスオーパーにおいてウィーン国立バレエ団《マリー・アントワネット》全幕作品の初演。12月、世界的に有名なボリショイのダンサー、イルゼ・リエパとド・バナ自身のためのデュエット。これは11年7月に東京で行われた「マニュエル・ルグリの新しき世界」で初演された。11年3月にはイスタンブール国立バレエ団《ミニチュア・ピーシズ》の世界初演。また、ナタリア・オシポアとイワン・ワシリエフの招きでロサンゼルス(オレンジ・カウンティ)でのインターナショナル・ダンス・ガラ「ツール・ド・フォース」に参加。(このコラボレーションは12年8月からのロサンゼルスでの新しいプロジェクト「ラ・フォリア」でも続く)。4月には有名な作曲家、葉小鋼による《ソング・オブ・ジ・アース》の曲に合わせた中国国立バレエ団との30分の作品。10月にはモスクワ・ストラヴィンスキー劇場にてスター・ダンサー、イワン・ワシリエフのためのソロ《ラビリンス・オブ・ソリチュード》の初演で大成功を収める。11月、ヴェルサイユの王室オペラ劇場にてウィーン国立バレエ団《マリー・アントワネット》に客演。12月、モスクワ、クレムリン・バレエ・シアターにてイルゼ・リエパとド・バナ自身によるデュエット《サイレント・ヴォイセズ》の初演。さらに12年にはいくつも異なるプロジェクトを手掛けた。その中には、4月24日、東京でのマニュエル・ルグリによる《ルートヴィッヒ2世-白鳥の王》の初演。6月28日にはパリのシャンゼリゼ劇場で、イルゼ・リエパ、マリインスキー・バレエとボリショイ・バレエ、モスクワ・クレムリン・バレエのプリンシパル・ダンサーたちが出演する《クレオパトラ-イダ・ルビンシュタイン》の初演。6月30日、イタリア、スポレート音楽祭においてウィーン国立バレエ団との共演で《マリー・アントワネット》の短縮版。それからオリジナルのフラメンコ音楽をルイス・ミゲル・コボが書き直した《ファクトゥム》でヘレナ・マーティン(フラメンコ)とド・バナ自身の共演。これは7月24日にインパルス・タンツ・フェスティバルで初演された。また8月、東京で第13回世界バレエフェスティバルにマニュエル・ルグリとともに参加。ガラ公演で男性デュエット《ネフェス》を踊る。9月、スヴェトラーナ・ザハロワとド・バナ自身のための新しいデュエット作品を創作、これは12月2日にクレムリン・バレエ・シアターでの公演「スヴェトラーナ・ザハロワと仲間たち」で初演された。11月19日には上海大劇院において上海バレエ団と共演する全幕物のバレエ《ジェーン・エア》の初演。12月11日、モスクワ・ボリショイ劇場では、ド・バナのバレエ《クレオパトラ-イダ・ルビンシュタイン》の公演。またこれらと同時に、伝統的でスピリチュアルなイラン出身の有名作曲家カイハン・カルホール、或いは世界的なダンサーたち、ペルシャと日本の音楽家たち等とともに、新しい作品を準備中でもある。この作品は8月30日、東京バレエ団の50周年を祝う公演のひとつとして初演されることになっている。
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アポロ:ディモ・キリーロフ・ミレフ Dimo Kirilov Milev
ブルガリアのソフィアに生まれ、ソフィア国立バレエスクールにてバレエを学ぶ。1993年ソフィア国立歌劇場に入団。94年ジュヌ・バレエ・ド・フランスに参加した後、96~2001年ナンシー国立バレエ団にて、プリンシパルとして、《ジゼル》《白鳥の湖》《ラ・シルフィード》《テーマとヴァリエーション》《放蕩息子》等、▼続きを見る
数多くの作品を踊る。また、キリアンを始めとする著名な振付家とも仕事をし、公演する。01年9月ナチョ・ドゥアト率いるスペイン国立ダンスカンパニーに入団。その後すぐにプリンシパルに昇格し、ナチョ・ドゥアトの数多くの作品において主役を務めた。また、イリ・キリアン、マッツ・エック、ヴィム・ヴァンデケイビュス、ウィリアム・フォーサイス等の数多くの作品を踊る。09年より、フリーランスの舞踊家、振付家となる。近年では、ゲンチャン・ドダとコラボレーションし、《S.O.S》《1/2 waltz》を制作し、コペンハーゲン、ドイツのハノーファーにおいて開催されたコレオグラフィックコンペティションにて優勝した。また近年では、パトリック・ド・バナやアントニオ・ルスと一緒の様々なプロジェクトで、マドリード、上海、ウィーン、ベルリン、イスタンブール、ノヴォシビルスク等でダンサー及びアシスタントとして参加し、自らもワークショップを開催し、バレエ指導を行っている。12年マニュエル・ルグリの招待を受け、ウィーンのインパルスタンツでガラ公演(マニュエル・ルグリ&ゲスト)に出演した。13年4月、東京ゆうぽうとホールにて「マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ」に出演予定。
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ミューズ:秋山珠子 Tamako Akiyama
スペイン国立ダンスカンパニー プリンシパル
1975年、内山玲子バレエスタジオに入門。84年、全日本バレエ・コンクールジュニア部門で第2位受賞。85年モナコのプリンセス・グレース・ダンスアカデミーにマリカ・ベゾブラゾヴァ校長推薦の奨学生として留学。86年、第14回ローザンヌ国際バレエコンクールで▼続きを見る
ローザンヌ・キャッシュプライズ2位受賞。87年、旭川市新人奨励賞受賞。88年、第13回ヴァルナ国際バレエコンクール(ブルガリア)でジュニア部門4位、組織委員会賞受賞。89年モナコのバレエ学校卒業、芸術監督マリシア・ハイデ率いるドイツのシュトゥットガルト・バレエ団に入団。クランコを始めプティパ、バランシン、マーネン、ベジャール等の作品を踊り、マリシア・ハイデやイリ・キリアン、ナチョ・ドゥアト、ウヴェ・ショルツ、シュテファン・トス、クリスチャン・シュプック、レナート・ザネッラ等、多くの振付家とともに仕事をし、世界各国で公演する。96年、芸術監督リチャード・クラガンの誘いを受け、ソリストとしてベルリン・ドイツ・オペラ・バレエ団に入団、97年プリンシパルに昇格、マクミラン振付《大地の歌》、テトリー振付《ヴォランタリーズ》、シュポーリー《真夏の夜の夢》、デ・オリベイラ《シンデレラ》等、数多くの作品に主演。99年ナチョ・ドゥアト率いるスペイン国立ダンスカンパニーに日本人として初めて入団。2000年プリンシパルに昇格、ナチョ・ドゥアトを始め、イリ・キリアン、マッツ・エック、ヴィム・ヴァンデケイビュス、オハッド・ナハリン等と仕事をする。02年、第14回日本バレエフェスティバルに出演。06年マッツ・エック新作《アルミ二ウム》の主演でブノワ・ド・ラ・ダンスにノミネートされる。11年マドリードのダンスフェスティバルで、ディモ・キリーロフ・ミレフとゲンチャン・ドダ振付の作品《S.O.S》に出演。12年マリカ・ベゾブラゾヴァ財団の会員に選ばれる。また、マニュエル・ルグリの招待を受け、ウィーンのインパルスタンツでガラ公演(マニュエル・ルグリ&ゲスト)に出演した。13年4月、東京ゆうぽうとホールにて、「マニュエル・ルグリの新しき世界Ⅲ」に出演する予定。
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ミューズ:橋本清香 Kiyoka Hashimoto
ウィーン国立歌劇場バレエ団・ソリスト
兵庫県生まれ。いずみバレエとカンヌ・ジュン・バレエで学ぶ。2004年にドレスデン国立歌劇場バレエ団と契約。08年ウィーン国立歌劇場及びフォルクスオーパー・バレエ団に入団。10年にウィーン国立歌劇場バレエ団で準ソリストに昇格、12年にはソリストに就任する。▼続きを見る
主な役には、ルドルフ・ヌレエフの《くるみ割り人形》クララとパストラル、ピエール・ラコットの《ラ・シルフィード》エフィとパ・ド・ドゥ、ルドルフ・ヌレエフの《ドン・キホーテ》キトリの友人、キューピッド、花嫁の付き添い、ウラジーミル・マラーホフの《ラ・バヤデール》壺の踊り、ソロ・シャドー、ルドルフ・ヌレエフの《白鳥の湖》王子の友人、小さな白鳥、ピーター・ライトの《眠れる森の美女》激しさの精、パ・ド・カトル、ギュラ・ハランゴーゾの《くるみ割り人形》ソロのスノー・フレークと中国等がある。他にジョージ・バランシンの《フー・ケアーズ?》、セルジュ・リファールの《白の組曲》、ワフタング・チャブキアーニの《ラウレンシア》からのパ・ド・シス、ジェローム・ロビンスの《グラス・ピーセズ》、ジョン・ノイマイヤーの《バッハ組曲第3番》、ニルス・クリスティの《ビフォア・ナイト・フォール》、ウィリアム・フォーサイスの《精密の不安定なスリル》、マニュエル・ルグリの《ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ》、ポール・ライトフットとソル・レオンの《スキュー - ウィフ》、イリ・ブベニチェクの《ル・スフル・ドゥ・レスプリ~魂のため息》等での主な役も踊っている。また、ドイツでも客演をしている。
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ミューズ:アレーナ・クロシュコワ Alena Klochkova
ウィーン国立バレエ団 準ソリスト
ロシアのスヴェルドロフスク生まれ。ノヴォシビルスクの国立バレエ学校で学び、1996~2005年までサンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場でソリストを務め、サンクトペテルブルクやモスクワの他のバレエ団でも客演ソリストとして踊った。ヨーロッパ諸国や中国のツアーも行っている。▼続きを見る
07年ウィーン国立歌劇場及びフォルクスオーパー・バレエ団に入団、
11年にウィーン国立バレエ団の準ソリストに昇格した。レパートリーには、ピエール・ラコット振付《ラ・シルフィード》のソロ・シルフィード、エレーナ・チェルニショワ振付《ジゼル》のモイナ、ウラジーミル・マラーホフ振付《ラ・バヤデール》の影のソロとグランパ、ルドルフ・ヌレエフ振付《ドン・キホーテ》のドリアードの女王、ルドルフ・ヌレエフ振付《白鳥の湖》の大きい白鳥とポーランドの踊り、ピーター・ライト振付《眠れる森の美女》のリラの精、ルドルフ・ヌレエフ振付《くるみ割り人形》の雪片、パトリック・ド・バナ振付《マリー・アントワネット》のマリア・テレジア、そしてセルジュ・リファール振付《白の組曲》、ジェローム・ロビンス振付《イン・ザ・ナイト》、イリ・キリヤン振付《ベラ・フィギュラ》のメイン・ロール、ルドルフ・ヌレエフ振付《ライモンダ》のパ・ド・シス等がある。
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演奏:長岡京室内アンサンブル Nagaokakyo Chamber Ensemble in Kyoto
「地域ごとに独自の音色を持つオーケストラがあるヨーロッパのように、長岡京独自の音色、思想を持った演奏団体を育てたい」という思いから、森 悠子を音楽監督として国内外から優秀な若手演奏家を集め、1997年に結成。指揮に頼らず互いの音を聴く「耳」を究極にとぎすませた独自のスタイルを特長に、緻密で洗練された技術と凝集力の高さ、▼続きを見る独自の様式感覚をもった高度な表現法と音楽性の高さは、日本でも希有な存在と高く評価される。バロックから古典、ロマン派、近現代に至るレパートリーの広さも際立っている。「長岡京」から世界の第一線に雄飛するメンバーも多い。2000年、第20回音楽クリティック・クラブ賞、01年エクソンモービル音楽賞・奨励賞、03年ABC音楽賞本賞と藤堂顕一郎音楽褒賞基金、04年、長岡京市・文化功労賞を受賞。09/10年は東京公演を開催。11年には「東京・春・音楽祭」にも出演した。現在までに6枚のCDをリリース。音楽評論家や音楽専門誌・新聞等でも高い評価を得ている。▲プロフィールを閉じる
生贄:梅澤紘貴 Hiroki Umezawa
東京都練馬区出身。5歳よりバレエを始める。2005年、東京バレエ学校を経て東京バレエ団に入団、同年アロンソ振付《カルメン》で初舞台を踏む。ノーブルな雰囲気を持ち、爽やかでシャープな踊りが魅力。作品に真摯に取り組み、成長を続けている。05年《ギリシャの踊り》《春の祭典》《ボレロ》に出演し、06年マラーホフ版《眠れる森の美女》カラボスのお付き、▼続きを見るポロネーズ等を踊った。また、「ベジャール=ディアギレフ」でベジャール振付《ペトルーシュカ》、第22次海外公演で《火の鳥》、第11回世界バレエフェスティバルの特別プロ《ドン・キホーテ》でセギディーリャを踊り、続く《ドナウの娘》バレエ団初演に出演。またベジャール振付《くるみ割り人形》でボーイスカウト、クリスマス・ツリー、花のワルツ等を踊る。07年《白鳥の湖》でマズルカ、《ラ・シルフィード》で青年たちを踊り、「ニジンスキーの伝説」でフォーキン振付《ペトルーシュカ》に出演している。08年には第23次海外公演で《舞楽》等に出演し、《ドン・キホーテ》で闘牛士、《ジゼル》でパ・ド・ユイットを初めて踊り、続く《ザ・カブキ》で現代の勘平を初めて演じた。09年「ベジャール・ガラ」でベジャール振付《ペトルーシュカ》4人の男、マカロワ版《ラ・バヤデール》バレエ団初演で6人の苦行僧、《くるみ割り人形》でねずみの王様、花のワルツのソリストを初めて踊った。10年「マニュエル・ルグリの新しき世界」で《ホワイト・シャドウ》世界初演に出演し、《シルヴィア》バレエ団初演でイアセイオンに抜擢された。続いて《オネーギン》バレエ団初演に出演し、「奇跡の響演」で《ペトルーシュカ》4人の男、《M》で円舞曲を踊った。11年《ダンス・イン・ザ・ミラー》バレエ団初演に出演し、《ボレロ》で第2ソリストを初めて踊った。12年3月、新制作・子どものためのバレエ《ねむれる森の美女》で青い鳥、フォーチュン王子、4人の王子を踊った。5月パリ・オペラ座ガルニエ宮での《ザ・カブキ》で現代の勘平を演じた。7月「横浜ベイサイドバレエ」で《ギリシャの踊り》2人の若者を初めて踊り、9月《オネーギン》に出演した。11月《くるみ割り人形》でピエロ、ねずみの王様、ロシア、花のワルツのソリストを踊っている。この他、《バレエ・インペリアル》《テーマとヴァリエーション》《シンフォニー・イン・D》《時節の色》《中国の不思議な役人》《エチュード》《白の組曲》等に出演。
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生贄:奈良春夏 Haruka Nara
埼玉県出身。4歳よりバレエを始め、2001年、東京バレエ学校を経て東京バレエ団に入団。古風な美貌と現代的でシャープな雰囲気の両極の魅力を備えたバレリーナ。01年《ジゼル》で初舞台を踏む。02年ベジャール・バレエ団との合同ガラにおいて《ゲーテ・パリジェンヌ》等に出演。03年《眠れる森の美女》でオーロラの友人、《くるみ割り人形》で花のワルツのソリストに選ばれる。▼続きを見る04年《白鳥の湖》で3羽の白鳥、マズルカのソリスト等を踊り、ベジャール振付《中国の不思議な役人》初演に出演。《レ・シルフィード》ではコリフェを、《ドン・キホーテ》で3人のドリアード等、《ジゼル》ではパ・ド・シスを踊った。05年には《ラ・シルフィード》で3人のシルフィード、《カルメン》のソリスト、《眠れる森の美女》で初めてカラボスを踊る。06年、第22次海外公演で《火の鳥》パルチザン、《白鳥の湖》でスペインを初めて踊った。また、《ドナウの娘》バレエ団初演で4人の友人を、ベジャール振付《くるみ割り人形》で妖精を初めて踊る。07年《ドン・キホーテ》メルセデス、若いジプシーの娘、《ジゼル》ドゥ・ウィリ、《レ・シルフィード》マズルカ、《バレエ・インペリアル》ソリスト、《カルメン》運命(牛)、《ステッピング・ストーンズ》を初めて踊った。08年《ドン・キホーテ》ドリアードの女王、ベジャール振付《くるみ割り人形》花のワルツを初めて踊った。09年マラーホフ版《眠れる森の美女》妖精ビオラント、ダイヤモンド、《ギリシャの踊り》ハサピコを踊った。マカロワ版《ラ・バヤデール》バレエ団初演でガムザッティ、影の王国のヴァリエーション2を踊った他、《くるみ割り人形》スペインを踊った。10年「マニュエル・ルグリの新しき世界」で《クリアチュア》バレエ団初演、《ホワイト・シャドウ》世界初演に出演し、《シルヴィア》バレエ団初演でディアナ、シルヴィアのお付きを踊り、《オネーギン》バレエ団初演に出演。第24次海外公演ではハンブルク国立歌劇場において《ザ・カブキ》で顔世御前を初めて、続いて《M》ローズを初めて踊った。11年《ダンス・イン・ザ・ミラー》バレエ団初演に出演した他、《田園の出来事》カーチャ、《春の祭典》生贄、《白の組曲》テーム・ヴァリエを初めて踊り、《ザ・カブキ》の顔世御前を国内で初めて演じた。12年1月《レ・シルフィード》マズルカを踊り、2月「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト」で《ドン・キホーテ》ディヴェルティスマンに出演した。5月パリ・オペラ座ガルニエ宮での《ザ・カブキ》で顔世御前を演じている。7月「横浜ベイサイドバレエ」で《ギリシャの踊り》《カルメン》に出演。続いて《ドン・キホーテ》でメルセデス、8月《ラ・バヤデール》でガムザッティ等を踊り、9月《オネーギン》に出演した。11月《くるみ割り人形》でスペインを踊っている。この他、《真夏の夜の夢》《テーマとヴァリエーション》《エチュード》《ドン・ジョヴァンニ》《時節の色》《月に寄せる七つの俳句》《タムタム》《鳥》《ペトルーシュカ》(フォーキン振付)等に出演。
© Nobuhiko Hikiji
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東京バレエ団 THE TOKYO BALLET
1964年の創立以来、一貫して古典の全幕作品から現代振付家の名作まで幅広いレパートリーを誇っており、なかでも現代バレエ界を代表する三大振付家(M.ベジャール、J.キリアン、J.ノイマイヤー)が東京バレエ団のために振付けた作品は大きな成功を収めている。これまでに、25次710回の海外公演を行っており、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、▼続きを見る
ベルリン・ドイツ・オペラ等、ヨーロッパの名だたる歌劇場に数多く出演し“日本の生んだ世界のバレエ団”として国内外で高く評価されている。2009年、創立45周年を迎えた。12年5月にはパリ・オペラ座ガルニエ宮で26年ぶりに『ザ・カブキ』を上演し、大成功を収めている。
公式サイト http://thetokyoballet.com/
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演奏:東京都交響楽団 Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
東京オリンピックの記念文化事業として、東京都が1965年に設立。歴代の音楽監督・森正、渡邉暁雄、若杉弘、ガリー・ベルティーニらのもとで日本を代表するオーケストラに発展。
現在、プリンシパル・コンダクターをエリアフ・インバル、レジデント・コンダクターを小泉和裕、プリンシパル・ゲスト・コンダクターをヤクブ・フルシャ、ソロ・コンサートマスターを▼続きを見る
矢部達哉、四方恭子、コンサートマスターを山本友重が務める。桂冠指揮者(故)ガリー・ベルティーニ、永久名誉指揮者(故)ジャン・フルネ。
東京文化会館、サントリーホールでの定期演奏会、プロムナードコンサート、「作曲家の肖像」シリーズなどの主催公演を行うほか、十代の若者たちとの合同演奏による「ジョイントコンサート」や年間約60回の音楽鑑賞教室、ハンディキャップをもつ方々のための「ふれあいコンサート」、地方公演も積極的に行っており、多彩な活動に取り組んでいる。
数多くリリースされているCDは、『武満徹作品シリーズ』を始めとする現代日本管弦楽の録音や、若杉弘、ベルティーニ、インバルによる各『マーラー交響曲集』の他、人気のゲーム音楽『ドラゴンクエスト』まで多岐にわたる。
91年「京都音楽賞大賞」を受賞。
これまでにヨーロッパ、北米、アジア各地での海外公演を行っている。近年は「東京文化発信プロジェクト・東京都交響楽団ハーモニーツアー」(主催/東京都、東京文化発信プロジェクト室[公益財団法人東京都歴史文化財団])の一環として09年ソウル・シンガポール、10年ベトナムを訪問した。
国内外における優れた演奏実績により《首都東京の音楽大使》として高い評価を得ている。
公式サイト http://www.tmso.or.jp/
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指揮:ジェームズ・ジャッド James Judd
イギリス生まれの指揮者。ナクソス・レーベルに広大なレコーディングを行っており、特に名誉音楽監督を務めるニュージーランド交響楽団との数はかなりにのぼる。過去にはリール国立管弦楽団の首席客演指揮者の他、フロリダ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を14年間に渡って務め、同団の発展に多大なる貢献を果たした。また、ニュージーランド交響楽団の音楽監督を8年間務め、▼続きを見る
コープランド、バーンスタイン、ヴォーン・ウィリアムズ、ガーシュイン等の作品を録音し、高く評価された。2000年シドニーオリンピック芸術祭、03年オークランド国際芸術祭、大阪国際フェスティバルへの参加や、キリ・テ・カナワをソリストに迎えたミレニアムコンサートの放映等を通じて、ニュージーランド交響楽団の国際的な知名度を一気に上げた。また、創団以来初となるヨーロッパの主要なコンサートホールへのツアーを実現させ、05年8月のBBCプロムスへの初登場とコンセルトヘボウホールへの登場は特に大成功を収めた。グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団とのマーラー「交響曲第9番」、ヨーロッパ・コミュニティ・ユース管弦楽団とのマーラー「交響曲第10番」のライブレコーディングは国際的に絶賛され、ハレ管弦楽団とのエルガー「交響曲第1番」は、今日の指揮者たちから手本にされるほど高い評価を得ている。トリニティ・カレッジ・オブ・ミュージックを卒業後、ロリン・マゼールの要請でクリーヴランド管弦楽団の副指揮者になり、国際的な注目を集める。4年後、クラウディオ・アバドからヨーロッパ・コミュニティ・ユース管弦楽団の副音楽監督に指名されてヨーロッパに戻り、現在は同管弦楽団の名誉芸術監督の職にある。以来、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、また、ザルツブルクのモーツァルテウムやウィーンのムジークフェライン等、ヨーロッパの名立たるホールに登場。その他、ウィーン交響楽団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、プラハ交響楽団、フランス国立管弦楽団、スイス・ロマンド管弦楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団、フランドル放送管弦楽団、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団等に客演している。アジア地域ではソウル・フィルハーモニー管弦楽団を定期的に指揮する他、日本ではNHK交響楽団、東京都交響楽団、日本センチュリー交響楽団を指揮する。一方で、ユース・オーケストラからも数多く招かれており、昨シーズンの幕開けは、フィラデルフィアのカーティス音楽院で、夏の期間はアジア・ユース・オーケストラと過ごした。オペラの分野では、イングリッシュ・ナショナル・オペラと《イル・トロヴァトーレ》《椿姫》《セビリアの理髪師》《リゴレット》《フィガロの結婚》を指揮し、グラインドボーン音楽祭ではロッシーニの《チェネレントラ》を指揮した。アメリカでは、1988年にフロリダ・グランド・オペラで《ドン・ジョヴァンニ》を指揮してオペラ・デビューを果たし、93~96年まで同オペラの芸術監督を務めた。フロリダ・フィルハーモニー管弦楽団とは、『オール・ウォルトン・プログラム』『マーラー:交響曲第1番』をハルモニア・ムンディからリリースして、国際的に高い評価を得る。特にマーラーのCDは、アメリカの『ステレオファイル』誌で「今月の一枚」に選ばれ、フランスの『ディアパゾン』誌で金賞を、ザルツブルク音楽祭ではグスタフ・マーラー協会によってその年の最も優れたマーラーの新録音に贈られる「トブラッハの作曲小屋賞」を、受賞した。また、ヨーロッパ室内管弦楽団の共同創設者でもあり、アメリカ、アジア、ヨーロッパへのツアーを行った。南北アメリカ大陸にも頻繁に客演しており、これまでに、セントルイス、モントリオール、ボルティモア、シンシナティ、ピッツバーグ、ダラス、シアトル、インディアナポリス、ユタ、リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロのオーケストラを指揮している。
公式サイト http://www.jamesjudd.net/
©Harald Hoffmann
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■曲目解説
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《ミューズを率いるアポロ》 《春の祭典》に代表される「原始主義」の荒々しい音響が炸裂する音楽から離れたイーゴリ・ストラヴィンスキーは、1920年の《プルチネルラ》以降1950年ごろまで、バロック時代のイタリアの和声や形式を範とした「新古典主義」の作品を発表していた。
このバレエ音楽《ミューズを率いるアポロ》も「新古典主義」時代の作品で、1928年にクーリッジ財団の委嘱により作曲され、アメリカ議会図書館(ワシントンD.C.)の現代音楽祭で初演された。
全音階的な技法による非常に簡素化された形式のなかにも、ときおりそこから逸脱する和声やジャズの要素などが織り込まれ、流麗で穏やかな雰囲気の音楽に仕上がっている。舞台はクラシック・バレエの古典的な装飾性を重視したものだが、これといった筋書きはなく、アポロの誕生(第1場:プロローグ)と、3人のミューズとアポロの出会いとエピローグ(第2場:9曲)を情景的に描いている。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》 バレエ音楽《春の祭典》は、《ミューズを率いるアポロ》とは対照的に、激しい音響とリズムが交錯しながら巨大な音響空間を築きあげるストラヴィンスキーの「原始主義」時代の傑作で、《火の鳥》(1910年)、《ペトルーシュカ》(1911年)とともにストラヴィンスキーの「三大バレエ」と呼ばれている。これら3作は、ディアギレフ率いるバレエ・リュスのパリ公演のために作曲されたもので、《春の祭典》は1913年に完成し、その年に落成したパリ・シャンゼリゼ劇場で初演された。初演時の会場は、肯定派と反対派が入り乱れての喧騒の果てに殴り合いになり、ダンサーたちは音楽が聴き取れないほどだった……という逸話はあまりに有名である。
バレエの筋書きは、対立する村同士の抗争後の大地礼賛と太陽神の怒りを表現した「第1部」と、その怒りを鎮めるために生贄に選ばれたひとりの処女が、車座になった長老たちの輪のなかで死ぬまで踊り狂う「第2部」からなる。
ストラヴィンスキーは『自伝』のなかで、白実夢で見た異教徒の儀式から着想を得たと書いているが、実際には友人の画家レーリヒが発表したバレエの原案にもとづいている。「生贄(死)」を通じた「再生」という自然の生命力と太陽を礼賛する宗教儀礼がテーマとなっており、ときに破壊的な不協和音を炸裂させつつ、空間をひとつのキャンバスに見立てたような強烈な色彩感とリズムの構成により、近代西洋音楽の枠を超えた音響がとどろく。
主催:東京・春・音楽祭実行委員会 協力:N&F Co., Ltd. Tokyo