HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2015/01/20

連載《ワルキューレ》講座
~《ワルキューレ》、そして『リング』をもっと楽しむために vol.3

音楽ジャーナリスト、宮嶋極氏による恒例のオペラ鑑賞講座。今年度は、ワーグナーの『ニーベルングの指環』(通称『リング』)の第1日《ワルキューレ》をより深く、わかりやすく紹介していきます。連載第3回は、第2幕を解説します。

文・宮嶋 極(音楽ジャーナリスト、スポーツニッポン新聞社 マルチメディア事業本部長)

 「東京春祭ワーグナー・シリーズ」で上演される《ワルキューレ》のステージをより深く楽しんでいただくために物語と音楽を同時並行的に追いながら、ワーグナーがそこに込めたメッセージについて考えていきます。第3回となる本稿では、第2幕を前奏から順を追って紐解いていきます。台本の日本語訳は、日本ワーグナー協会監修 三光長治/高辻知義/三宅幸夫/山崎太郎 翻訳「ワーグナー 舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』 第1日 ヴァルキューレ」(白水社)を、譜面はドーバー社刊のフル・スコアとショット社版のピアノ&ボーカル・スコアを参照しました。なお、原稿中で紹介するライトモティーフ(示導動機)の呼称については、上記翻訳を参考にしつつ、より分かりやすい名称で表記します。また、譜例の整理番号は《ワルキューレ》全3幕を通して共通のものとします。さらに、本作のみならず『ニーベルングの指環』全体で頻繁に登場する重要動機については、譜例に☆印を付けていきます。

第2幕

[前奏曲]

 「激しく」と指定された第2幕への前奏曲。進軍ラッパのようなトランペットの動機(譜例⑱)に導かれて、弦楽器が「ワルキューレ歓呼の動機」(譜例⑲a)を激しく、そして波打つように奏でる。この部分はジークムントとジークリンデの愛の逃避行を表現したとの解釈もされる。調性はイ短調(a-moll)、陰りがストレートに伝わる調とされ、ジークムントとジークリンデの悲劇的な未来を暗示しているかのよう。この調で書かれた他の名曲としてはベートーヴェンの「エリーゼのために」、マーラーの交響曲第6番などがある。やがてティンパニが刻むC(ド)によるリズム(譜例⑳)をきっかけに「ワルキューレの動機」☆(譜例21)が明確に姿を現すと、幕が開き、第1場が始まる。

譜例⑱

譜例⑲a

譜例⑳

譜例21

[第1場]

 荒涼たる岩山に、武装した神々の長ヴォータンが、同じく完全武装したワルキューレである娘のブリュンヒルデを伴って立っている。新たな主役のひとりであるブリュンヒルデの第一声は「ワルキューレの歓呼の動機」(譜例⑲b)に乗せて「ホヨトホー!」の叫び声である。

譜例⑲b

 ヴォータンはこの日行われるジークムントとフンディングとの戦いでジークムントを勝たせるよう命令する。ワルキューレとは、ヴォータンが智の神エルダに産ませた9人の娘たちの総称。戦乙女とも呼ばれるが、戦闘をするというよりは、天を駆ける馬にまたがり、戦場で命を落とした勇者を見つけてはヴァルハラ城に運び、再び命を与えて城(=ヴォータンによるこの世の支配体制)の警護に当たらせることを任務としている。ブリュンヒルデは乙女たちの長女で、ヴォータンの愛情と信頼を一身に受けている。

 そこへヴォータンの正妻である結婚の神フリッカが、羊の引く車に乗って近付いてくる。フリッカが怒りで血相を変えているのを見たブリュンヒルデは、空飛ぶ愛馬グラーネに乗ってその場を去る。

 結婚を司るフリッカは、フンディングから告発を受けたことを語る。弦楽器がフォルティシモで「フンディングの動機」を演奏する。フリッカはジークムントと夫のあるジークリンデの恋愛は不倫であるばかりか、2人は兄妹でもあり近親相姦という忌むべき関係だとし、罰を与えるべきだと要求する。ヴォータンは最初、とぼけた様子でかわそうとするが、次第にフリッカに言い負かされていく。この2人のやり取りの内容に沿って、オーケストラは第1幕「冬の嵐は過ぎ去り」の旋律や「ノートゥング(剣)の動機」などの動機を奏でていく。ライトモティーフがワーグナーのそれ以前の作品に比べても、より雄弁で効果的に活用されていることが分かる。

 ヴォータンはジークムントについて神々の掟に縛られない存在、神々の支配体制を守るための勇者が必要だったと釈明するが、フリッカはまったく聞く耳を持たない。ここでバス・クラリネットとファゴットが奏でるのが「(ヴォータンの)不機嫌の動機」☆(譜例22)。ついには、戦いはフンディングに勝たせ、ブリュンヒルデにも加勢させないと約束させられてしまう。繰り返される「不機嫌の動機」とともに、約束の言葉を述べるヴォータン。「槍の動機」☆(譜例23)が「契約の動機」として登場する。フリッカは戻ってきたブリュンヒルデに「どう運命を割り振ったか、(ヴォータンから)教えてもらいなさい」と勝ち誇ったように言い残し、その場を去る。トロンボーンが「呪いの動機」☆(譜例24)を演奏。こうした顛末にもアルベリヒの呪いが介在していることがうかがえる。

譜例22

譜例23

譜例24

[第2場]

 憤懣やる方ないヴォータン。「不機嫌の動機」が彼の心中を代弁する。父のそんな姿にブリュンヒルデは優しくその苦悩を聞こうとする。ヴォータンは延々とこれまでの経緯を打ち明け始める。まず、前作《ラインの黄金》の主題である世界を支配できる力を持つニーベルングの指環の由来について語るのだが、話の内容に沿ってライトモティーフが次々と演奏され、さながら動機の復習会のようなシーンとなる。「ここから誰にも言わぬことを口にするが」から始まるヴォータンによる説明を軸とした父娘の対話は20分を超える長さで、長大な『リング』4部作の中でも屈指の〝難所〟として知られる。ここを乗り越えれば、2幕後半から3幕の終わりまで起伏に富んだ劇的展開が続くため、退屈させられることはない。とはいえ、この〝難所〟はヴォータンの戦略や想いが自らの言葉でストレートに明かされるシーンであり、これによって観客・聴衆は『リング』全体を通しての諸テーマを再確認させられる場面でもある。

 ヴォータンの長々とした話は、その後の指環の行方にも及ぶ。指環を得た巨人ファーフナーは指環と莫大な財宝を守るため大蛇に変身し、森の中で惰眠をむさぼっている。彼が油断しているうちに指環が誰かの手に渡ったら、世界を支配されてしまう。不安から逃れられなかったヴォータンは地へ降りていき、智の神エルダに答えを求めたという。「不安の動機」(譜例25)が何度も繰り返して現れる。その時にエルダとの間に出来た子供が、ブリュンヒルデら9人のワルキューレだった。ワルキューレたちが勇者にヴァルハラ城警護に当たらせているものの、もしアルベリヒが指環を奪い返し軍勢を率いて攻めてくれば、ヴァルハラ城は陥落を免れない。

譜例25

 アルベリヒの世界支配が現実のものとなれば、エルダの予言どおり神々の世界は終焉を迎える。契約に縛られている神が指環に手を出すことはできないが、神ではない誰かに指環を奪還させようと考えて、人間の女性との間に勇者を産ませたのが、ジークムントであった。ヴォータンはジークムントを自由な勇者にするつもりであったが、フリッカにその魂胆を見抜かれて、彼女の言葉に従わざるを得なくなったことを説明した上で、ブリュンヒルデにジークムントを倒すよう命令する。

[第3場]

 ブリュンヒルデが谷間を見下ろすと、ジークムントとジークリンデがやって来る。ジークムントは疲れきったジークリンデを休ませようとするが、ジークリンデは突然「自分は汚れた女だ」と錯乱状態に陥り、ついには気絶してしまう。そんな姿にジークムントはフンディングとの戦いに勝利することを改めて誓う。オーケストラは「ヴェルズング族の動機」、「ノートゥング(剣)の動機」を演奏する。

[第4場]

 ティンパニとテューバによる「運命の動機」☆(譜例26)とともに、ブリュンヒルデがジークムントの前に姿を現す。驚いたジークムントはブリュンヒルデにいろいろと質問するが、彼女は「死の告知の動機」☆(譜例27)に乗せて、彼は死ななければならないこと、死後、ヴァルハラ城に上がり、父ヴォータンとも会えることなどを告げる。ヴァルハラのくだりでは、当然「ヴァルハラの動機」が厳かに鳴り響く。しかし、ジークムントはジークリンデとの別離を受け容れることが出来ず、それが避けられないのであれば、ジークリンデを殺して自分も死ぬとノートゥングを振り上げる。相手のために自分の命すら惜しむことのない人間世界の愛の深さに心を動かされたブリュンヒルデは父の命に背いて、ジークムントに味方することを決意。それを告げて姿を消す。

譜例26

譜例27

[第5場]

 ジークムントがジークリンデを介抱していると突如、フンディングの角笛が静寂を切り裂く。力強い「ノートゥング(剣)の動機」とともに闘いに赴くジークムント。ジークリンデは目を覚ますものの意識は依然、混濁したままだ。ジークムントがノートゥングを振るってフンディングに挑みかかると、「ワルキューレの動機」とともにブリュンヒルデが加勢する。勝利目前、「ノートゥング(剣)の動機」に重なるように「槍の動機」が強奏され、ヴォータンが登場。自らの槍でノートゥングを粉砕してしまう。ジークムントはフンディングの槍に突き抜かれて命絶える。「運命の動機」がジークムントの悲しい宿命を強調する。ブリュンヒルデは気を失ったジークリンデを救い、砕かれたノートゥングの破片を集め、愛馬グラーネに乗ってその場を逃走。ヴォータンはフンディングに「フリッカの所へ行け!」とはき捨てるように命じ、一撃でその命を奪ってしまう。「不機嫌の動機」がヴォータンの心中を代弁する。そして、彼は自らの命に背いたブリュンヒルデを追うべく、雷鳴とともに姿を消す。衝撃的な後奏(譜例28)とともに幕が降りる。

譜例28

 最終回となる次回は第3幕を詳しく見ていきます。

連載《ワルキューレ》講座  vol.1 | vol.2 | vol.3


~関連公演~

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