HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2010/03/08

連載《パルジファル》講座~《パルジファル》をもっと楽しむために vol.3

音楽ジャーナリストの宮嶋極氏による、《パルジファル》をより深く、より楽しく鑑賞するための本講座 ―― 今回は、クリングゾルの魔法の城が主な舞台となる「第2幕」を解説します。


宮嶋 極(音楽ジャーナリスト/スポーツニッポン新聞社 文化社会部長)


■主要登場人物
■クリングゾルの魔法の城
■クンドリの誘惑


■主要登場人物

 前回は第1幕について詳しく紹介したが、主な登場人物がほぼ出揃ったところで、改めて整理しておこう。

  1. アムフォルタス...聖杯(グラール)を護持するモンサルヴァート城の城主。かつてクリングゾルの計略にはまって聖槍を奪われ、わき腹を刺された
  2. グルネマンツ......聖杯守護の老騎士。物語の進行の軸となる役どころ
  3. パルジファル......穢れなき愚かな若者
  4. クリングゾル......魔法使い。聖杯守護の騎士団に入ることが許されず、妖術を習得してモンサルヴァート城のそばに快楽の園を出現させ、騎士たちを誘惑する
  5. クンドリ  ......モンサルヴァート城に使える女。クリングゾルの妖術によって催眠状態となり、その意のままに動かされてしまう
  6. ティトゥレル......アムフォルタスの父で先代の王
 

 第1幕では、クリングゾルは登場していない。しかし、その存在はグルネマンツの語りやライトモティーフによって不気味に提示されていたが、第2幕でいよいよその姿を現す。そしてパルジファルとの直接対決へ......。

 ここから第2幕について、ストーリーを追いながら紹介していくが、第1幕で使われたライトモティーフ(示導動機)の譜例については、Web上の第1幕の項をクリックしてご参照いただきたい。なお、前回に引き続いて台本の日本語訳については、国内の公式翻訳である日本ワーグナー協会監修 三宅幸夫/池上純一翻訳「ワーグナー パルジファル」(白水社)を、譜面はドーバー社刊のフル・スコアを参照、引用しました。



■クリングゾルの魔法の城

 60小節からなる前奏。妖術の怪しい世界を前触れするかのような弦楽器の不気味な刻みの旋律に乗って「クリングゾルの動機」が現れる。反復されるこの動機に「誘惑の動機」(=譜例⑮ ※譜例はクリックで拡大します)が絡み合い、音楽が熱を帯びたところで「クンドリの動機」が力強く奏されて、次第にディミヌエンドしながら幕開けとなる。短いながらもこの幕の場面設定を簡潔に示す音楽となっている。


譜例⑮

 幕が開くと、そこはクリングゾルの魔法の城。音楽はフェルマータの四分休符を挟みながら「誘惑の動機」を繰り返している。城の中ではクリングゾルが魔法の鏡を覗き、パルジファルが城に接近しつつあることを知る。クリングゾルは「さあ、起きろ! 仕事だ!」と魔睡に陥っていたクンドリを起こす。「出て来い、出て来い、俺の前に!......、ご主人さまがお呼びだ。出て来い!」。

 クリングゾルはクンドリに、魔法の城に近づくパルジファルを誘惑するよう命じる。彼女は抵抗するが、結局言いなりになるしかなかった。クリングゾルは聖杯の宣託が指す「けがれなき愚者」がパルジファルであることを察知していたとも窺わせる場面だ。

 「パルジファルの動機」が高らかに響き、若者が城に押し入り、警護の兵をなぎ倒しながら突き進む様子が音楽によって表わされる。クリングゾルの魔法によって城の塔が地底に沈み、代って熱帯の花が咲き乱れる魔法の園が出現する。そこに美しい花の乙女たちが集まってきて、自分たちの恋人が侵入者によって打ち倒されてしまったことを嘆く。ヴァイオリンの3連符に乗って歌われるこの旋律は「乙女の嘆きの動機」(=譜例⑯)。


譜例⑯

 ゆっくりした3拍子のリズムに乗せて乙女たちが妖艶に舞いながら「いらっしゃい、いらっしゃい、可愛い坊や」とパルジファルを誘惑する。ここの旋律は「愛撫の動機」(=譜例⑰)で、パルジファルは無邪気に振舞うのだが、誘惑の効き目はなかった。この花の乙女の場面、初演にあたってワーグナー自身が衣装の細部にまで注文をつけるなど、特にこだわりを持っていたことは有名。


譜例⑰

 パルジファルをめぐって乙女たちがいさかいを始めると、オーケストラはオーボエとクラリネットで「闘争の動機」(=譜例⑱)を奏でる。争いがエスカレートし、パルジファルがその場を立ち去ろうとすると突然「パルジファル! 待って!」と呼び止める声があたりを制する。声の主は魅惑的な美女に変身したクンドリだった。ここまでの音楽は複雑な転調が繰り返され、半音階進行の「トリスタン和音」が内包されていたりもする。


譜例⑱



■クンドリの誘惑

 自分の名前がそうであったことを思い出させられたパルジファルは、とっさに足を止めてしまう。クンドリは「花園の動機」(=譜例⑲)の旋律とともに、パルジファルの母親ヘルツェライデについて話し始める。母がいかにパルジファルを愛し、大切に育てていたかが、息の長い旋律とともに語られる。そしてパルジファルが突然、家を出てしまったため、その心痛がたたってヘルツェライデは命を落としてしまったことも明かされ、彼は後悔のあまり叫び声を上げる。


譜例⑲

 クンドリはパルジファルを慰めるように装いながら、母親への慕情にかこつけて妖艶に誘惑する。オーケストラからは断片的に「クリングゾルの動機」が現れ、この誘惑行為はクリングゾルの意思であることがさり気なく示される。ついにパルジファルの唇を奪うクンドリ。

 「アムフォルタス! あの傷、あの傷だ! あの傷がこの胸の中で燃えている。ああ、嘆きだ、嘆きだ!」。クンドリの濃厚な口づけがきっかけとなり、パルジファルはアムフォルタスの苦痛を初めてわが事同様に感じ、クンドリから受けている愛撫そのものがアムフォルタスに転落と苦痛をもたらした原因であることを理解、彼自身の救済者としての使命を悟る。

 なおも迫るクンドリを跳ね除けるパルジファル。彼女はパルジファルの救済者としての力によって、自分のことも救ってほしいと哀願する。クンドリはかつて「あの人(イエス・キリスト)を嘲笑した」罪により死ぬことができずに、何世紀にもわたって現世を彷徨い続けてきた呪われた女性だったのだ。「どうしていけないの、意地悪! ひとつに結ばれて、私にも救いをもたらすのが」。一度でもいいからパルジファルと肉体関係を結ぶことができれば、自分は救われると訴えるクンドリ。

これに対してパルジファルは、救済のためには自分が誘惑に打ち勝つことが不可欠であると諭し、「アムフォルタスのもとへ至る道を教えてくれれば」と語る。しかし、クンドリはこれを拒絶し、クリングゾルに助けを求める。クンドリにとっては自分の誘惑が失敗したことが意外だったようで、ヴァイオリンが「驚きの動機」(=譜例⑳)を演奏する。


譜例⑳

 誘惑に失敗したとことを知ったクリングゾルが現れ、かつてアムフォルタスを傷つけた聖槍をパルジファルめがけて投げつける。ハープの上行グリッサンド(=譜例㉑)で聖槍の動きが表現される。しかし、槍はパルジファルの頭上で静止し、彼がそれを手に取って十字を切ると、城は崩壊し、魔の花園もたちまち姿を消す。悲鳴を上げて倒れ込むクンドリ。それを横目にパルジファルは「わかっておろう。どこで再びあいまみえるか!」と言い残し立ち去る。身を少し起こしてパルジファルに視線を送るクンドリ。ティンパニのH(シ)の音のトレモロに導かれるように衝撃的な雰囲気を残して幕が閉じられる。


譜例㉑

譜例演奏:林そよか 林はるか

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