HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2015/01/06

連載《ワルキューレ》講座
~《ワルキューレ》、そして『リング』をもっと楽しむために vol.2

音楽ジャーナリスト、宮嶋極氏による恒例のオペラ鑑賞講座。今年度は、ワーグナーの『ニーベルングの指環』(通称『リング』)の第1日《ワルキューレ》をより深く、わかりやすく紹介していきます。連載第2回は、第1幕を解説します。

文・宮嶋 極(音楽ジャーナリスト、スポーツニッポン新聞社 マルチメディア事業本部長)

 「東京春祭ワーグナー・シリーズ」で上演される《ワルキューレ》のステージをより深く楽しんでいただくために、物語と音楽を同時並行的に追いながら、ワーグナーがそこに込めたメッセージについて考えていきます。第2回となる本稿では、第1幕を前奏から詳しく紐解いていきます。台本の日本語訳は、日本ワーグナー協会監修 三光長治/高辻知義/三宅幸夫/山崎太郎 翻訳「ワーグナー 舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』 第1日 ヴァルキューレ」(白水社)を、譜面はドーバー社刊のフル・スコアとショット社版のピアノ&ボーカル・スコアを参照しました。なお、原稿中で紹介するライトモティーフ(示導動機)の呼称については、上記翻訳を参考にしつつ、より分かりやすい名称で表記します。また、譜例の整理番号は《ワルキューレ》全3幕を通して共通のものとします。さらに本作のみならず『ニーベルングの指環』全体で頻繁に登場する重要動機については、譜例に☆印を付けていきます。

第1幕

[前奏曲]

 「嵐のように」と指示のある第1幕への前奏。調性はニ短調。厳粛な雰囲気を醸し出す調で、生と死のような深刻なテーマを扱う際に使われることが多い。ベートーヴェンの第9交響曲の第1楽章、モーツァルトやフォーレの《レクイエム》もこの調を基調としている。冒頭から弦楽器による上昇・下降を繰り返す激しい音楽。第2ヴァイオリンとヴィオラが6連符の刻みを60小節に亘って続ける中、低弦が奏でる5連符を伴う旋律は「嵐の動機」(譜例③)。次第に管楽器も加わり、音楽は一層激しさを増す。金管楽器は「ドンナー(雷)の動機」(譜例④)、稲妻の描写であるモティーフ(譜例⑤)とともに鳴り響く2人の奏者によるティンパニのロールは、雷鳴そのものを表している。嵐の森の中で逃走するジークムントをフンディングらが角笛を吹き鳴らしながら追撃する様子の描写、と解釈されることも多い動的な音楽である。激しさが徐々に勢いを失うと、ホルンに導かれるようにチェロが「ジークムントの動機」(譜例⑥)を奏でて幕が開く。

譜例③

譜例④

譜例⑤

譜例⑥

[第1場]

 深い森。激しい追跡を逃れ、疲れ切った男(ジークムント)は、とある館にたどり着き、そこで倒れる。この館はトネリコの大木を囲むように建てられた木造の素朴な造り。主(フンディング)は留守であった。妻(ジークリンデ)は傷を負った男をいたわって水を与える。ヴァイオリンとヴィオラが「ジークリンデの動機」(譜例⑦)を演奏する。チェロのソロは、彼女がこの男に次第に魅せられていく様子を表している。続いて「(ヴェルズング族の)愛の動機」(譜例⑧)が現れる。2人は幼い時に生き別れた双子の兄妹であることを知らぬまま、互いの眼差しに惹かれ合うものを感じ始めた。妻は立ち去ろうとする男を引き止める。男は自分には災いがついて回るため、その災難が女にも降りかからないよう立ち去るのだ、と先を急ごうとする。ヴィオラに導かれるようにオーボエ、クラリネット、ホルンによる重苦しい和音が「災いの動機」(譜例⑨)。何か事情を抱えているように見受けられたが、名前を聞いても本当のことを答えない。2人は薄暗い中、ただ見つめ合う。低弦による「(ヴェルズング族の)苦難の動機」(譜例⑩)などの諸動機が美しく絡み合う。そこにホルンによって「フンディングの動機」の断片が予告的に響き、家の主がすぐ近くまで戻ってきたことが暗示され第2場に移行する。

譜例⑦

譜例⑧

譜例⑨

譜例⑩

[第2場]

 ワーグナー・テューバの強奏で「フンディングの動機」(譜例⑪)がはっきりとした形で現れ、家主が帰宅する。フンディングは見知らぬ男と自分の妻が似ていることに驚き、男に素性を尋ねる。「ヴェルズング族の動機」に導かれるように身の上話を始める男。自分の名前は、「フリートムント(平安)」でもなく、「フローヴァルト(喜び)」でもなく、「ヴェーヴァルト(悲しみ)」だとし、幼い頃、父ヴェルゼと狩りに出かけている間に、敵の一族に家を焼かれ母を殺され、双子の妹は連れ去られた、と告白する。

譜例⑪

 それから父と2人で、敵に追われながら妹を探し、さすらい続けて数年が経つ。ある日、戦いのさなかにその父ともはぐれてしまう。父のくだりでオーケストラが「ヴァルハラの動機」☆(譜例⑫)を奏でることで、それが神々の長ヴォータンであることを示す。以来、男は1人で戦い逃げのびてきた。そしてこの日、ある戦いに巻き込まれて武器を失った。男が自らの悲哀を語り終えたところで「ヴェルズング族の動機」☆(譜例⑬)が弦楽器で演奏され、ジークムントとジークリンデのつながりが改めて示される。

 家主はその話に言葉を失う。自分こそが男の戦いの相手であるフンディングであったからだ。フンディングは男に今晩の宿は与えるが、明日、決着をつけると言い渡し、寝室に向かう。「フンディングの動機」のリズムを刻むティンパニのC(ド)の音(譜例⑭)が徐々に弱まっていき、フンディングが眠気を覚えてウトウトしている様子を音で描写する。

譜例⑫

譜例⑬

譜例⑭

[第3場]

 暗い広間に1人残された男は、かつて父が「最大の危機に際して剣を与える」と言っていたことを思い出し、「ヴェ~ルゼ!」と父の名を叫ぶ。その時、中庭のトネリコの大木に突き刺さった一振りの剣に光が差す。金管楽器が「ノートゥング(剣)の動機」☆(譜例⑮)を何度も繰り返す。一方、弦楽器は「愛の動機」を奏で、男はこの家の妻に対する思いを語る。そこへ、夫フンディングに睡眠薬を飲ませ熟睡させたと、妻がやって来る。妻は自らを盗賊によってフンディングへ贈られたのだと打ち明ける。結婚祝いの宴の最中、灰色の衣をまとい、帽子を深く被った見知らぬ人物が現れたという。圧倒的な存在感を持つ謎めいた老人で、背後で「ヴァルハラの動機」が鳴ることで、この老人もヴォータンであることが分かる。男たちは老人の鋭い眼光に恐れをなすが、妻だけは得も言われぬ親しみと温かさを感じ、思わず涙を流したのだという。老人はトネリコの木に剣を深々と突き刺して、悲しみにくれるジークリンデに「これは世に2つとない剣だ。この幹から引き抜くことができた者のみが所有者となる」と言った。

 トランペットにより高らかに「ノートゥング(剣)の動機」が吹奏される。実際その剣はどんな屈強な男でも引き抜くことができなかった。以来、剣はトネリコの木に突き刺さったままで月日が過ぎていたが、この日、妻は剣の持ち主はこの男だと確信し、運命の出会いを喜ぶ。

譜例⑮

 突然、大きな音とともにオカルティックに奥の大扉が開き、暗かった室内を月光が照らし出す。イタリア・オペラのアリアのような「冬の嵐は過ぎ去って」(譜例⑯)を歌う男、妻も「あなたこそ春」(譜例⑰)と呼応するが、2人の声が重なることはない。

譜例⑯

譜例⑰

 妻は2人の父の名が同じだと知り、自分たちが離ればなれになっていた双子の兄妹であったことに気付く。ここで「ヴェルズング族の動機」が再び明確な形で演奏される。「ヴェルズング族の動機」の短3和音は、2人の行く末に待ち受ける暗い定めを暗示するかのよう。妻は彼をジークムント(勝利を司る者)、自らをジークリンデと名付け、ジークムントは剣をノートゥングと呼ぶことにした。ジークムントは渾身の力を振り絞って、大木から剣を見事引き抜く。オーケストラのトゥッティ(全奏)による「ノートゥング(剣)の動機」が輝かしく鳴り響く。続いて金管楽器による「ヴェルズング族の動機」が2人の運命的なつながりを表現し、ジークムントは運命に従い、実の妹でもあるジークリンデを妻とする。喜びに満ちた力強い後奏で幕となる。

 次回は第2幕を詳しく見ていきます。

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