PROGRAMプログラム

東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2017-

東京春祭マラソン・コンサート vol.7《ロマン派》~近代に生きた芸術家たち

夏目漱石生誕150周年に寄せて…。彼をはじめとする19世紀の芸術家たちが体験したヨーロッパの世界、彼らが創作活動を通じて描きだした近代社会の光と影を、この時代の芸術潮流である「ロマン派」を通じて浮き彫りにします。

プログラム詳細

2017:04:08:19:00:00

■日時・会場
2017.4.8 [土]  [ 各回約60分 ]
東京文化会館 小ホール

お話・企画構成:小宮正安

(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション学府教授)



【第Ⅰ部】11:00開演(10:45開場)
胎動の時代 ~革命とナポレオンと…

■出演
ヴァイオリン:松田理奈松原勝也山本美樹子
ヴィオラ:吉田 篤
チェロ:山澤 慧
フルート:難波 薫
ギター:松尾俊介
ピアノ:川島 基浜野与志男

■曲目
ベートーヴェン(チェルニー編):《エグモント》 序曲 [試聴]
ゴセック:
 ガヴォット [試聴]
 タンブラン
リスト編:ラ・マルセイエーズ
パガニーニ:ナポレオン・ソナタ [試聴]
ルイ・フェルディナント:ピアノ四重奏曲 ヘ短調 op.6 より 第3楽章 [試聴]
ケルビーニ:弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調 より 第1楽章 [試聴]

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【第Ⅱ部】13:00開演(12:45開場)
停滞の時代 ~ビーダーマイヤーの文化

■出演
ヴァイオリン:石田紗樹大倉礼加松原勝也山本美樹子
ヴィオラ:七澤達哉吉田 篤
チェロ:飯島哲蔵山澤 慧
ギター:松尾俊介
テノール:前川健生
ピアノ:浜野与志男

■曲目
ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》 序曲(弦楽四重奏版) [試聴]
チェルニー:《ワルツ集》より
クルフト:弦楽四重奏曲 第1番 より 第1楽章
F.X.モーツァルト:6つの物憂きポロネーズ op.17 より 第2番
シューベルト(ディアベリ編)
 どこへ? [試聴]
 魔王 [試聴]
シュポア:二重弦楽四重奏曲 第1番 二短調 より
 第3楽章 ラルゲット [試聴]
 第4楽章 アレグレット・モルト [試聴]

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【第Ⅲ部】15:00開演(14:45開場)
変革の時代 ~「1848年」という転換点(ターニングポイント)

■出演
ヴァイオリン:松田理奈松原勝也山本美樹子
ヴィオラ:吉田 篤
チェロ:山澤 慧
ギター:松尾俊介
マンドリン:竹間久枝横山宏治
マンドラ・テノール:大前美由紀
マンドロンチェロ:小林 薫
ソプラノ:梅園絵美子
バリトン:藪内俊弥
ピアノ:佐藤卓史佐野隆哉湯浅加奈子

■曲目
ニコライ(ムニエル編):歌劇《ウィンザーの陽気な女房たち》序曲

(マンドリン、ギター版) [試聴]

ショパン:12の練習曲 より 第12番 ハ短調 op.10-12《革命》 [試聴]
アルカン:練習曲《鉄道》 op.27 [試聴]
フェーリクス&ファニー・メンデルスゾーン:《12の歌》より
 イタリア
 故郷への想い [試聴]
 夕べの歌 [試聴]
 魔女の歌 [試聴]
J.シュトラウス:シュペール・ギャロップ op.42 [試聴]
ベッヒャー:スケルツォ

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【第Ⅳ部】17:00開演(16:45開場)
繁栄の時代 ~成功するブルジョアたち

■出演
ヴァイオリン:松田理奈松原勝也
ザ・レヴ・サクソフォン・クヮルテット
 ソプラノサクソフォン:上野耕平
 アルトサクソフォン:宮越悠貴
 テナーサクソフォン:都築 惇
 バリトンサクソフォン:田中奏一朗
ソプラノ:梅園絵美子
バリトン:藪内俊弥
ピアノ:佐藤卓史佐野隆哉湯浅加奈子

■曲目
ヴェルディ(メルキオーリ編)

歌劇《椿姫》前奏曲 [試聴]~第1幕冒頭~乾杯の歌 [試聴]

シューマン(ライネッケ編):交響曲 第3番 op.97 《ライン》 より 第4楽章 [試聴]
ブルックナー:晩鐘
グノー:アヴェ・マリア [試聴]
サンジュレー:サクソフォーン四重奏曲 第1番 op.53 より 第1楽章 [試聴]
オッフェンバック: 「ブラジル人のパリ讃歌」(喜歌劇《パリの生活》 より) [試聴]
スメタナ:交響詩《モルダウ》 (連作交響詩《わが祖国》より) [試聴]

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【第Ⅴ部】19:00開演(18:45開場)
爛熟の時代 ~世紀の終わり・世紀の始まり

■出演
クラルス弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:福田ひろみ、福田俊一郎
 ヴィオラ:吉江美桜
 チェロ:森田啓佑
クラリネット:金子 平
ピアノ:川島 基佐藤卓史佐野隆哉浜野与志男

■曲目
フンパーディンク:歌劇《ヘンゼルとグレーテル》 序曲 [試聴]
ロット:弦楽四重奏曲 より 第1楽章 [試聴]
ディットリッヒ:《日本のメロディ》より
 権兵衛が種播く
 祭囃子
ブラームス:クラリネット五重奏曲 より 第4楽章 [試聴]
J.シュトラウス2世:夢の形 第1番 [試聴]

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チケットについて

■チケット料金(税込)

席種 全席指定
1日券
(5公演通し券)
第Ⅰ部
(各回券)
第Ⅱ部
(各回券)
第Ⅲ部
(各回券)
第Ⅳ部
(各回券)
第Ⅴ部
(各回券)
料金 ¥7,700 ¥2,100

 ■発売日
  一般発売:2016年12月15日(木)10:00
チケット予約・購入 お買い物カゴ トリオ・チケット

■曲目解説

小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション学府教授)

【第Ⅰ部】胎動の時代 ~革命とナポレオンと…

西洋の開花(すなわち一般の開花)は内発的であって、…ここに内発的というのは…ちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向かうのをいい…

(夏目漱石)

ゲーテ(1749-1832)の『エグモント』は、スペインの圧政に苦しむネーデルラントの独立を率いた英雄を描いた戯曲である。そんな作品に対し、革命精神に生涯変わらぬ共感を抱き続けたベートーヴェン(1770-1827)が曲をつけた(1809年)のは、必然だったろう。英雄の苦悩、闘い、死を超えた勝利を描いた管弦楽用序曲は大きな人気を博し、今なおベートーヴェンの代表作となっている。

ベートーヴェンの青春時代=1789年に勃発したフランス革命は、王侯貴族をはじめとする特権階級が支配する社会を市民たちが転覆し、彼らが権力を握ろうとした出来事だった。だがそうした過程で、様々な事件も起こる。たとえば、それまで貴族好みの曲《ガヴォット》(1786年に作られた歌劇《ロジーヌ》のメロディが基となっている)を書いていたゴセック(1734-1829)は、革命後には歌劇《共和制の勝利》(1794年/《タンブラン》はこの中に登場するナンバーだ)をはじめ、市民に同調した活動を展開。ただしこうした方向転換も、革命歌として知られる《ラ・マルセイエーズ》(1792年)のごとく、威勢のよい行進曲に乗って暴力も辞さない革命の世論の中では、やむにやまれぬものだったかもしれない。

その後革命は、当の市民たちによる内輪争いによって泥沼化。事態を収拾すべく、革命精神をヨーロッパ全土へ伝えることを錦の御旗に掲げたナポレオン(1769-1821)によって好転の兆しを見せるものの、実際に彼がおこなったのは侵略行為であり、挙句の果てにフランス皇帝にまでなってしまった。そうした中で、ヴァイオリン界で超絶技巧を誇ったパガニーニ(1782-1840)は、コンサートマスターとして仕えていたルッカ公国の主がナポレオンの妹だった縁から《ナポレオン・ソナタ》(1805-1809年)を作る。

いっぽうナポレオンを迎え撃った各国の王族の一人が、プロイセン王子のルイ・フェルディナント(1772-1806)だ。彼はベートーヴェンの弟子でもあり、《ピアノ四重奏曲 ヘ短調》をはじめ数々の作品を書いている。ベートーヴェン自身、革命精神の体現者として慕っていたナポレオンが皇帝になったことに憤激し、献呈を取りやめた「英雄交響曲」を、当のナポレオン軍との戦いで落命したルイ・フェルディナントに捧げたという説もあるほど。

混迷する世界と闘う悲壮感と情熱……。それはロマン派にとって欠かせない要素だった。ベートーヴェンによって優れたオペラ作曲家と評価されたケルビーニ(1760-1842)が、ナポレオン失脚の年、1814年に書いた《弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調》にも、その特徴ははっきり現れている。

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【第Ⅱ部】停滞の時代 ~ビーダーマイヤーの文化

私はどんな社会でも理想なしに生存する社会は想像し得られないとまで信じているのです。いやしくも理想を排斥しては自己の生活を否定するのと同様の矛盾に陥ります…

(夏目漱石)

革命精神の実現を掲げヨーロッパ中を戦禍に巻き込んだナポレオン(1769-1821)が失脚した後、ヨーロッパでは反革命と平和秩序の維持を掲げる保守反動体制が敷かれた。結果、政治的な自由を公にできず、そのエネルギーを次第に自らの内側に向けざるをえなくなった市民たちの間には、幻想趣味や怪奇趣味が育まれてゆく。「ロマンティック・オペラ」として知られるウェーバー(1786-1826)の歌劇《魔弾の射手》(1821年)もその1つ。序曲の中心を成すのは、森の奥深くに住まう悪魔の世界の描写である。

チェルニー(1791-1857)は、ベートーヴェンの高弟でありながら、師のような情熱感や悲壮感よりも、自由を抑圧されて内向きの世界に引きこもる市民の生活様式(いわゆる「ビーダーマイアー」の文化)に寄り添う曲を数多く作った。ピアノのために書かれた《ワルツ集》は、家族や友人たちと家庭で催すささやかな舞踏会を彷彿させる内容となっている。

クルフト(1779-1818)は、息の詰まるような窮屈な状況の中で外交官として活躍した人物。とはいえ、作曲の腕前も一流で、当時社会の中でも一目置かれていた「愛好家ディレッタント」(芸術を愛するがゆえに、あえてそれを生業とせず、他の仕事で得た財を芸術活動に注ぎ込む存在)だった。親しい友と家庭のサロンで演奏するために作曲されたであろう《弦楽四重奏曲 第1番 ト長調》も、高い音楽的水準を具えている。

F.X.W.モーツァルト(1791-1844)は、W.A.モーツァルト(1756-91)の息子。父親ほどの名声を博すことはなかったが、《6つの物憂きポロネーズ》(1814年)を含む数々のポロネーズは、ショパン(1810-49)にも影響を与えたと言われている。

自らの置かれたささやかな世界に一応のところ満足しつつも、それを超えたより美しい世界へ密かな憧れを抱き続けた市民……。彼らの心に去来する憧れや焦燥や不安を、歌曲というきわめて細やかな表現手段の中に描き尽くしたのが、シューベルト(1797-1828)だ。特に連作歌曲《美しき水車小屋の娘》(1823年)所収の《どこへ?》や、《魔王》(1815年)といった人気曲については、小ぶりの世界にさらに入り込むかのように、オリジナルのピアノ伴奏をギター伴奏に移し替えた版も人気を博した。

シュポア(1784-1859)も、このような停滞の時代に生涯の大半を送った。2つの四重奏が互いに呼び交す《二重弦楽四重奏 第1番 ニ短調》(1823年)は、自由を奪われた市民の中に渦巻いていた抵抗の証か、それとも憂いを帯びた諦念の徴だったか?

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【第Ⅲ部】変革の時代 ~「1848年」という転換点(ターニングポイント)

…個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが。…その自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上がったり下がったりするのです。

(夏目漱石)

1830年、保守反動体制の牙城の一角が崩れる。フランスにおいて市民たちが再びの自由を求めて革命を起こしたためで、それがやがては1848年にヨーロッパ全土で起こる革命の温床となった。

歌劇《ウィンザーの陽気な女房たち》(1849年)を作ったニコライ(1810-49)が、自主運営の演奏会用オーケストラ=ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を1842年に創設したのもその現れ。結社の創設が困難だった当時、それはしたたかな挑戦だった。なお、上述の歌劇はシェイクスピア(1564-1616)の同名の戯曲に基づいており、序曲は、月光(ロマン派好みのモチーフだ!)降り注ぐ森を舞台に、好色な騎士ファルスタッフに対する頓智の効いた仕返しの場面が中心となっている。

故郷ワルシャワを後にして、1831年秋からパリでの生活を始めたショパン(1810-49)が書いたのが《12の練習曲》(1829-32年)。特に12番目のハ短調の作品は、ワルシャワで起きたロシアに対する軍事蜂起が鎮圧された事件への憤激を基としたという言い伝えから《革命》という呼称で知られている。

ショパンが練習曲で示した音楽性と演奏技術の高度な結合は、複雑なメカニズムを備え始めたピアノの発展なしに考えられない。産業革命や科学革命によってもたらされた進歩進化の時代の賜物であり、そうした動きの象徴である鉄道と超絶技巧のピアノ演奏とを一体化させたのが、アルカン(1813-88)の練習曲《鉄道》(1844年)である。

女性の社会進出運動の萌芽が見え始めたのもこの頃であった。Fny.メンデルスゾーン(1805-47)は、弟のFlx.メンデルスゾーン(1809-47)に劣らぬ音楽的才能を具えていたにもかかわらず、女性であるがために職業芸術家としての道を断念し、作品には弟名義で出版されたものも少なくない。1827年に全曲の初版がお目見えし、ロマン派好みの憧憬や怪奇が凝縮された《12の歌》もその1つで、「イタリア」「故郷への想い」は、彼女の筆に成るものだ。

「ワルツの父」と呼ばれるシュトラウス1世(1804-49)は、市民の不満が溜まり過ぎないよう、お上が許可していたダンス音楽のスターとして活躍するいっぽう、そこに時折強烈な毒を忍ばせた。《シュペール・ギャロップ》(1831年)は、オーストリアの圧政に抗するスイスの人々を描いたシラー(1759-1805)の戯曲を基としたロッシーニ(1792-1868)の歌劇《ウィリアム・テル》に登場するスイス軍の行進のメロディを、ほぼそのまま用いている。

ベッヒャー(1803-48)は、ニコライとともにウィーン・フィルの創設に携わり、1848年に革命に参加するも、当局に捕らえられ刑死した音楽愛好家のジャーナリスト。《スケルツォ》の革新性と悲劇性が交差する曲想の中にも彼の生き方がこだまする。

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【第Ⅳ部】繁栄の時代 ~成功するブルジョアたち

元来自分と同じような弱点が作物の中に書いてあって、己と同じような人物がそこに現われているとすれば、その弱点を有する人間に対する同情の念はしぜん起こるべき…

(夏目漱石)

1848年の革命を機に、ヨーロッパは自由主義を中心とし大発展の時代へと突入する。

ヴェルディ(1813-1901)の歌劇《椿姫》(1853年)は、デュマ2世(1824-95)の同名の戯曲を基としている。同時代のパリが抱える光と影を、ある高級娼婦の生と死を通じて描き出した傑作で、前奏曲から第1幕冒頭の数分間でそのコントラストが鮮烈に表現されてゆく。

シューマン(1810-56)は、ロマン派の諸要素を凝縮・拡大させた一人だが、1850年に作曲された交響曲第3番(通称《ライン》)は、ロマン派好みの中世幻想に溢れている。特に、ケルンの大聖堂を描いたとされる第4楽章は荘厳さと怪奇性が相呼応し、数年後にライン河に身を投げるシューマンの精神の闇を彷彿させる内容だ。

宗教曲・交響曲の作曲家として知られるブルックナー(1824-96)だが、ヴァイオリンとピアノのための《晩鐘》(1866年)をはじめ、家庭での演奏を念頭に置いた、幾つかの独奏曲や室内楽曲も残している。宗教曲でないにもかかわらず宗教的な雰囲気が具わっている点は、あえて世俗の世界に聖なる存在を求めていったロマン派の特徴に他ならない。フランスの歌曲とオペラの泰斗として知られるグノー(1818-93)が、バッハ(1685-1750)のクラヴィーア曲(シュヴェンケ[1767-1822]の改訂)にテキストを付けた《アヴェ・マリア》(1859年)も、この時代の宗教の世俗化を象徴する代表曲である。

19世紀半ば以降、ヨーロッパの物質文明は右肩上がりの成長を遂げ、様々な楽器の改良や発明も活発になる。サックス(1814-94)が1841年に発明したサクソフォーンはその典型的存在だが、この新しい楽器を積極的に用い、《サクソフォーン四重奏曲 第1番》(1857年)等を作曲したのが、ヴァイオリニストとしても活躍したサンジュレー(1812-75)だった。

ヨーロッパ全体が成長期を迎える中で、都市改造等により名実ともに「花の都」となったパリでは、オッフェンバック(1819-80)のオペレッタが大人気を博すようになる。喜歌劇《パリの生活》(1866年)は、文字通り同時代のパリを描いた作品で、札束を手にこの街の浮かれ騒ぎに興じる観光客を風刺混じりに描いたナンバーが「ブラジル人のパリ讃歌」だ。

いっぽう、パリと同様に都市改造をおこなったウィーンを都とするオーストリアでは、その巨大な帝国のそこかしこで、民族の権利と自由を求める動きが高まっていた。音楽の世界においても、スメタナ(1824-84)の交響詩《モルダウ》(1874年)を含む連作交響詩《わが祖国》のような民族運動を背景にした作品が数多く書かれ、繁栄に沸き立つヨーロッパの裏側には、深刻な問題が頭をもたげつつあった……。

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【第Ⅴ部】爛熟の時代 ~世紀の終わり・世紀の始まり

この時私ははじめて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟ったのです。

(夏目漱石)

19世紀も終わりに近づきつつあったヨーロッパは、数々の栄光の陰に、当の栄光そのものが生み出した様々な闇を抱えていた。

そうした中でロマン派も、いわゆる「後期ロマン派」へとシフトしてゆく。例えばワーグナー(1813-83)の楽劇や人生を彩るマッチョな方向性から影響を受けつつも、それとは異なるメルヘンティックな子供の世界を描いた歌劇《ヘンゼルとグレーテル》が、フンパーディンク(1854-1921)の筆により1893年に誕生した。序曲からして既に、進歩が限界に達してしまった時代における昨日の世界への眼差しが感じられる。

もちろん、閉塞感の漂い始めたヨーロッパの音楽界に風穴をあける存在も登場した。創設したての東京音楽学校にお雇い外国人教授として招聘されたこともあるディットリヒ(1861-1919)は、《祭囃子》《権兵衛が種撒く》等、日本のメロディを基としたピアノ曲を1894年に出版し、既存のヨーロッパ音楽に新たな要素を接木している。

ディットリヒと同世代のロット(1858-84)も、ロマン派の濃厚な影響下にありながら、新たな時代を予感させる作品を書いている。ディットリヒと同じくブルックナー(1824-96)の弟子であると同時に、ブルックナーのライヴァルと見なされていたブラームス(1833-97)も尊敬していたロットは、しかし当のブラームスから作品を酷評されたことに衝撃を受け、精神の闇に包まれたまま世を去った。《弦楽四重奏曲 ハ短調》(1877年)は、あまりにも繊細だったロットの内面の不安定さを如実に映し出すとともに、それまでの音楽の一線を踏み越えた作品として、彼の盟友だったマーラー(1860-1911)にも多大な影響を与えた。

いっぽうのブラームスは、「革新派」と呼ばれるワーグナーやブルックナーに対して「保守派」の代表者へと祀り上げられたわけだが、彼の作風は単に古きを懐かしむ後ろ向きのものではない。進歩を標榜する19世紀にあって「古臭い」と見なされていた要素も含んだ西洋音楽の伝統にあえて学び、その中に眠る新しさを自らの糧とした。そんなブラームスの晩年にあたる1891年に作曲されたのが《クラリネット五重奏曲 ロ短調》。そこには、自らの人生と輝かしい19世紀への告別の情のみならず、それらが消え失せた後に残る音楽の極北の姿が示されている。

ブラームスとも懇意にしていたシュトラウス2世(1825-99)が、彼の代名詞であるダンス音楽やオペレッタではなく、一種の交響詩としてその最晩年に書き上げたのが《夢の形》。自身の生涯とともに美しい数々の夢に彩られた19世紀がいよいよ終わりを迎えつつあることへの惜別の情に溢れた、時代へ寄せるレクイエムだ。

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主催:東京・春・音楽祭実行委員会 協力:ウィーン楽友協会資料館


※掲載の曲目は当日の演奏順とは異なる可能性がございます。
※未就学児のご入場はご遠慮いただいております。
※やむを得ぬ事情により内容に変更が生じる可能性がございますが、出演者・曲目変更による払い戻しは致しませんので、あらかじめご了承願います。
※チケット金額はすべて消費税込みの価格を表示しています。
※ネットオークションなどによるチケットの転売はお断りいたします。

(2017/03/17更新)

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