HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2012/12/27

連載《マイスタージンガー》講座~《マイスタージンガー》をもっと楽しむために vol.2

音楽ジャーナリストの宮嶋極氏による、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》鑑賞講座。連載第2回は、「第1幕」を詳しく見ていきます。


文・宮嶋 極(音楽ジャーナリスト、スポーツニッポン新聞社文化社会部長)

 ワーグナー生誕200年の記念イヤーとなる2013年、「東京春祭ワーグナー・シリーズ」において演奏会形式で上演される楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》のステージをより深く楽しんでいただくためのWeb解説、2回目は第1幕を詳しく紹介していきます。なお、台本の日本語訳については、国内の公式編訳である日本ワーグナー協会監修 三宅幸夫/池上純一翻訳『ワーグナー ニュルンベルクのマイスタージンガー』(白水社)を、譜面はドーバー社刊のフル・スコアとPETERS版のピアノ&ボーカル・スコアを参照しました。

【登場人物について】

 本稿では過去3年間のWeb解説と同様に物語と音楽を同時並行的に追いながら、ワーグナーがそこに込めた意味合いやメッセージについて考えていきます。《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(以下、マイスタージンガー)は登場人物が多いので、本題に入る前にそれらを整理するために、そのキャラクターとともに紹介します。

ハンス・ザックス
靴職人の親方。ニュルンベルク市の「歌作りのマイスター(=芸術の権威)」としても多くの市民たちから一目置かれる存在で、思慮深い人物。
ファイト・ポークナー
金細工師の親方で、町の親方衆の中心的存在のひとり。エファの父。娘には父親ならではの深い愛情を注いでいる。
クンツ・フォーゲルゲザング
毛皮職人の親方。
コンラート・ナハティガル
板金職人の親方。
ジクストゥス・ベックメッサー
ニュンルンベルク市の書記で、職業柄か規則にはうるさい。密かにエファに心を寄せている。市民たちのザックスに対する尊敬の念に嫉妬心を抱いている。
フリッツ・コートナー
パン職人。
バルタザール・ツォルン
錫細工職人。
ウルリヒ・アイスリンガー
香辛料、調味料製造。
アウグスティン・モーザー
テーラー。
ヘルマン・オルテル
石鹸製造職人。
ハンス・シュヴァルツ
靴下製造職人。
ハンス・フォルツ
銅細工職人。
ヴァルター・フォン・シュトルツィング
フランケンの若い騎士で、エファと相思相愛の仲。規則や権威に対しては、若者ならではの抵抗感を持つ。
ダフィト
ザックスの下で製靴の修行を積むとともに芸術の精神についても学んでいる徒弟。マクダレーネと恋仲にある。少しオッチョコチョイな性格。
エファ
ポークナーの娘で、ヴァルターに強く魅かれている。年上のザックスとは人生の良き相談相手として親密な関係にあるが、父親に対するのとは少し異なる複雑な親愛の情を抱いている。
マクダレーネ
エファの乳母で、ダフィットの恋人。恐らく彼女の方がかなり年上。
夜警
夜のニュルンベルク市の城郭内をパトロールして回っている男性。何気なく発せられる注意の呼びかけには、深い意味が込められている。
ニュルンベルク市のありとあらゆる職業組合の市民とその妻たち、職人、徒弟、娘、一般市民
(これらはすべて合唱)。

 以上であるが、2人だけの対話が延々と続くシーンの多い《トリスタンとイゾルデ》に比べると、登場人物の多さ、そしてこの劇全体を彩る賑やかさには目を見張るものがある。ただし、上記に紹介した人物を全部覚える必要はない。まずはザックス、ヴァルター、ベックメッサー、エファ、ダフィトという5人の人物像を早い段階で把握していただき、さらに余裕があればマクダレーネ、ポークナーあたりも覚えていだければ十分である。

第1幕

【第1場】

 第1幕への前奏曲から切れ目なくハ長調(C-dur)の和音で開始される音楽は、聖カタリーナ教会における礼拝の合唱(コラール)(譜例11)。本編最初の和音が前奏曲最後の和音の解決の役割を果たす斬新な幕開けである。

譜例11

 礼拝堂の長いすが並ぶその最後列にエファとマクダレーネが座っている。礼拝堂にコラールの荘厳な響きがこだまする中、少し離れた柱の陰にヴァルターがたたずみ、エファに熱い視線を送っている。これに気付いたエファもアイコンタクトと控えめな身振りで応える。オーケストラのヴィオラ(譜例12)とチェロ(譜例13)のソロは、エファとヴァルターの心模様を表わしたものである。ヴィオラがエファでチェロがヴァルターなのだが、この掛け合いは半音階進行の濃密な旋律となっており、トリスタンとイゾルデ同様、2人の互いに対する想いが音楽で示されているわけだ。また、合唱の合い間にはオーボエが前奏曲で提示された「愛の動機」(譜例6)を演奏することからも、2人に恋愛感情が芽生えていることが分かる。


譜例12


譜例13


譜例6

 フランケン地方の騎士(ユンカー)であるヴァルターは前日、ニュルンベルクにやって来たばかりだが、金細工職人の親方であるポークナーの家を訪れた際、娘のエファをひと目見て惚れてしまい、早くも積極的にアタックを開始していたのだ。ちなみにこの場面の賛美歌は、実際に教会で使用されているものではなく、ワーグナーのオリジナルである。オルガンの伴奏による合唱パートが明快な全音階で書かれているのに対し、前述のヴィオラやチェロのソロなどで登場するオーケストラの旋律は半音階進行となっており、「伝統と革新」「規則と独創」といったこの楽劇全体のテーマが、ここでもさり気なく示されている。

 礼拝が終わり、一同は教会の外へと退出していく。エファもマクダレーネに付き添われて出口へと向かい、ヴァルターとの距離は次第に縮まっていく。ヴァルターは待ちきれないとばかりに人々をかき分けるようにしてエファに近付く。この時、ヴィオラとヴァイオリンが前奏曲で提示された「(愛の)情熱の動機」(譜例7)を演奏する。


譜例7

 「待ってください、ひと言だけ、ひと言だけ」とのヴァルターの言葉にエファは後ろを振り向き、「スカーフが...、ほら、あそこに置いてきたみたい」とマクダレーネを追い払おうとする。マクダレーネがその場を離れた隙にヴァルターは「ひとつだけ教えてほしい」と迫る。彼が聞きたかったことは、エファに婚約者がいるのかどうか。はにかむ彼女はなかなか答えを明かそうとしない。このやり取りの途中に何度もマクダレーネが戻ってくるのでエファはそのつど、あれもない、これもないと言ってマクダレーネを追い払おうとする。教会の奥では靴屋の徒弟であるダフィトが聖具室の入り口に黒い幕を引き、3人のいる方へ進んでくる。ダフィトの登場にマクダレーネは表情を変える。なぜならダフィトは彼女の恋人なのだ。ダフィトがやって来ると木管楽器が「ダフィトの動機」(譜例14)を奏でる。

譜例14

 ヴァルターの知りたかったことは結局、マクダレーネが明かすことになる。エファの婚約者とは、翌日開催される歌合戦で優勝するマイスタージンガーである、というのだ。この間、オーケストラは「マイスタージンガーの動機」(譜例1)を演奏。さらにマクダレーネは、マイスタージンガーになるための試験の詳細については、ダフィトから聞くようにと告げる。ヴァルターは歌の世界は未知の領域ではあるが、必ずマイスタージンガーとなりエファと結婚することを宣言する。これにエファとマクダレーネが「愛の動機」の旋律で加わり、美しい三重唱が展開された後、女性2人は去っていく。


譜例1

【第2場】

 ヴァルターとダフィトが残る教会に、マイスター(親方)たちの集まりで行われるマイスタージンガーの資格試験の準備をするために徒弟たちが現われる。ダフィトは徒弟たちにからかい混じりに手伝うように促されるが、まったく意に介さずにヴァルターにマイスタージンガーの試験、歌の作り方などについて語り始める。

 「Fanget an!(始め!)」の号令とともに説明を始めるダフィト。これに付けられた旋律は「開始の動機」(譜例15)である。ヴァルターにはチンプンカンプンで困惑の様子を隠しきれないが、ダフィトは「記録係がこう合図したら歌い出すのです。知らないのですか?」と"上から目線"で応える。さらに自分はニュルンベルク随一の歌の作り手で、靴職人の親方ハンス・ザックスの弟子であること。その師匠の下で1年間ミッチリ修行を積んでも依然、徒弟の身であってマイスタージンガーになるのは、それほどまでに困難であることを説く。その上で靴作りと歌作りの技法を重ね合わせたりしながら、歌作りの規則などについて細かく教示していく。途中、その後に何度も使用される「勤勉の動機」(譜例16)や「靴屋の動機」(譜例17)などの重要なモティーフが初めて示される。長々と続くこの説明は「自ら精進し、自分で考えた言葉や韻に音をつないで新しい調べを作る。その者こそマイスタージンガーと認められるのです」という結論を述べて、ようやく締め括られる。規則があまりに多く複雑であることにヴァルターはいささかウンザリした様子である。そこまで言い終えるとダフィトは徒弟たちの準備の仕方がおかしいことに気付き、今度は徒弟たちにあれこれと指示を出す。


譜例15

譜例16


譜例17

 ダフィトの指示で準備は進み、試験の記録係のブースなどが組み立てられていく。ブースに小さな黒板とチョークが運び込まれるのを横目に、ダフィトは記録係についても触れ「記録係が試験を受ける者の間違いを黒板に記録していく。間違いが許されるのは7つまで。それを超えると失格となる。記録係には要注意ですよ」と付け加える。この背後で木管楽器が奏でるのが「記録係の動機」(譜例18)である。また、見事に歌い上げて晴れてマイスタージンガーになれたなら、花の輪による冠が贈られると語られる折には「花輪の動機」(譜例19)が現われる。徒弟たちが花輪を模して輪になって踊り始めると、聖具室の扉が開き、エファの父であり金細工職人の親方であるポークナーが、市の書記ベックメッサーと連れ立って入ってくる。

譜例18

譜例19

【第3場】

 ポークナーとベックメッサーを徒弟たちは居住まいを正して迎える。チェロが奏でる「資格試験=求婚の動機」(譜例20)に導かれるように、他の親方たちも三々五々集まってくる。ポークナーはベックメッサーに翌日の歌合戦に勝利して愛娘を妻にしてほしい、との期待感を滲ませる。かねてエファに心寄せていたベックメッサーにとっては何よりの話だが、仮に優勝したとしても彼女が自分との結婚を承諾しないのではないか、と心配する。そこにヴァルターが現われ、マイスタージンガーになるために資格試験を受けたいと申し出る。この若き騎士に好感を抱いていたポークナーにとっては願ってもない申し出であった。にわかに強力なライヴァルが出現したことで、ベックメッサーの心は一層乱れる。そうこうしているうちにハンス・ザックスが到着、病欠の1名を除く12人の親方が勢揃いし、点呼が行われる。


譜例20

 全員の出席が確認されると冒頭、ポークナーが重大な提案があると発言を始める。その要旨はこうだ。明日のヨハネ祭で芸術をこよなく愛し尊ぶニュンルベルクの親方としての心意気を全ドイツに示したい。そのために明日開催される歌合戦の優勝者に愛娘エファを花嫁として贈り、合わせて自分の全財産も贈呈したい、という驚きの提案であった。オーケストラは「聖ヨハネ祭の動機」(譜例21)、「マイスタージンガーの動機」などを繰り返す。親方たちはポークナーの心意気に感激し、徒弟たちも大はしゃぎする。続けてポークナーは優勝者に婚約の権利は授与するものの、実際に結婚するかどうかを最終的に決めるのは、エファの意思に委ねられると付け加える。仮にエファが優勝者との結婚を拒否したとしても、マイスタージンガー以外の者との婚姻は認めないというのだ。この問題について親方間で議論となるが、ザックスがそれを制し、審査に一般民衆も参加させれば、エファの想いとの齟齬は解消されるであろうとの新たな提案を行う。しかし、このザックス案は議論の火にさらに油を注ぐ結果となり、ちょっとした騒ぎとなる。ヴァイオリンが演奏するのが「騒ぎの動機」(譜例22)。論争は収拾がつかず結局、ポークナーの当初案通りに歌合戦は開催されることになった。

譜例21


譜例22

 議論がようやく一段落したところで、ポークナーはヴァルターを全員に紹介する。ここで初めて木管楽器によって「ヴァルターの動機」(譜例23)が現れる。市民階級ではない騎士であるヴァルターがマイスターの組合(ギルド)入りを希望していることに、ザックスを除く多くの親方たちが不安を口にする。ベックメッサーに至っては、ポークナーは元々エファとヴァルターを結婚させるつもりで、手の込んだ芝居を打ったのではないかと警戒心を抱き、ヴァルターに対して敵意を露わにする。

譜例23

 ヴァルターを仲間に入れるかどうかを判断するために、親方たちは質問を投げかける。歌をいかにして学んだのかという問いに、ヴァルターは旋律(譜例24)に乗せて「静まりかえった冬の日の炉端で(12世紀の吟遊詩人)ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデの著作を繰り返し読んだこと、夏になってからは、冬に読んだフォーゲルヴァイデの詩の息吹を自然そのものから感じ取りその極意を習得した」という趣旨の答えを返す。この間、「フォーゲルヴァイデの動機」(譜例25)が繰り返される。故人であるいにしえの詩人と自然が師であるという一見突拍子もない答えではあるが、ヴァルターによるこの部分の歌は、親方たちが信奉するマイスター歌曲の「バール形式」に則ったものとなっている。


譜例24

譜例25

 ベックメッサーはヴァルターに対して皮肉と悪意に満ち満ちたコメントを繰り返した挙句、一刻も早くヴァルターを追い出したいとばかりに資格試験の準備を始める。彼の発言に呼応するように登場する「ベックメッサーの動機」(譜例26)は、シンコペーションを伴う不安定な音型。注意深く見てみると「ヴァルターの動機」を短調に転じ、リズムの躍動感を減じたような作りとなっていることがわかり、これはライヴァルに対する悪意を表現したものといえよう。


譜例26

 コートナーがおもむろに「歌を作る上での規則(歌の掟)」を読み上げる。ここにワーグナーが付けた旋律(譜例27)は、バロック・オペラをパロディ化したようなコロラトゥーラを伴う珍妙な調子で、なおかつ重い声のバス歌手がコロラトゥーラを歌うことで一層のミスマッチ感を醸し出す。こうしたところにも「伝統と革新」という本作の大命題に対して、ワーグナーがいかに考えていたのかが窺えよう。

譜例27

 ベックメッサーが記録係のブースに入り、ヴァルターも歌唱台に立ち、試験の準備は整う。ブースの中から響く「始めよ!」とのベックメッサーのかけ声を合図にヴァルターは歌唱を開始する。「始めよ! と春が森へ呼びかけるとその声は隅々まで轟きわたった」(譜例28)との意表を突く歌い出しに、一同度肝を抜かれる。ブースの中からはベックメッサーが"歌いそこね"を黒板に記録するチョークの音が響く。この歌が単純な三部形式だと勘違いしたベックメッサーはチョークの音で歌の進行を妨害するが、実は複雑なバール形式になっていたのだ。しかし、他の親方たちもそれに気付かずヴァルターを失格とし、歌の続行を止めさせてしまう。ひとりザックスだけはヴァルターの歌の構成と意味合いに気付き、歌唱を続けさせようと弁護するが、他の親方たちは耳を貸さない。納得のいかないヴァルターは制止を振り切って歌唱台に立ち上がり、さらに続きを歌う。「ほの暗い茨の奥からフクロウがガサゴソ音を立て、カラスたちがそろってシワガレ声を上げ...、黄金の翼を持った見事な鳥が飛び立つ...」と自分の歌の真価を理解できない親方たちを当てこする。ここでヴァルターがいうフクロウはベックメッサー、カラスたちは親方たち、そして黄金の翼を持った見事な鳥はザックスを指している。一見ハチャメチャだが、この部分はバール形式の第3節に当たり、これを歌い切ることでヴァルターは形式にキッチリ則った歌を披露したことになるわけだ。


譜例28

 この第3節にあたる部分は、ヴァルターの歌に親方たちのさまざまな発言が重層的に折り重なり、ワーグナーによる対位法の手腕がいかんなく発揮された見事な展開となっている。

 歌い終えたヴァルターは足早にその場を出て行く。一方、保守的な態度を崩さない親方に徒弟たちが反感を抱きその場は大騒ぎとなるが、やがて親方たちは退出していく。ひとり残ったザックスは、空になった歌唱台を見詰めてもの思いふける。オーケストラが「マイスタージンガーの動機」が軽妙に演奏し、幕が降りる。


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