HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/02/17

美味なる完熟〜リヒャルト・シュトラウスの歌曲

R.シュトラウスはオペラや交響詩といった規模の大きな作品に加え、150曲を超える「歌曲」を残しており、今年の東京春祭でも名品の数々が披露される。そこで本稿では、長年、R.シュトラウス研究に携わってこられた田辺秀樹氏に、その歌曲の魅力について語っていただいた。

文・田辺秀樹(ドイツ文学、日本リヒャルト・シュトラウス協会理事)
MarekJanowski.jpg

 今年生誕150年をむかえるリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は、ドイツの後期ロマン派を代表する作曲家。指揮者としても活躍した。《サロメ》、《ばらの騎士》、《ナクソス島のアリアドネ》などのオペラ、《ドン・ファン》、《ツァラトゥストラはこう語った》、《英雄の生涯》などの交響詩のほか、歌曲、室内楽等の分野でも魅力あふれる作品を多数残している。シュトラウスの交響詩作品が初期から中期に集中し、オペラが中期から後期にかけて書かれているのに対して、150曲を超える歌曲は、シュトラウスがまだ少年だったころの習作的作品から80歳をこえて作曲された最晩年の感動的傑作《四つの最後の歌》にいたるまで、ほぼずっと継続して作品を残しているジャンルで、彼の創作活動のなかでオペラと交響詩についで重要なものといっていい。23歳で知り合い30歳で結婚した妻パウリーネ・デ・アーナがソプラノのオペラ歌手だったことも、シュトラウスの歌曲創作への意欲を高め、持続させた大きな要因だったろう。

 シュトラウスの歌曲作品は、シューベルト、シューマン、ブラームスらによる19世紀ドイツ歌曲の伝統を受け継ぎながら、後期ロマン派の作曲家シュトラウス特有の流麗で陶酔的な旋律、溢れんばかりの官能性と色彩感、洗練された技巧性、オペラ作曲家らしい劇的要素、さらにはスパイスの効いた機知や皮肉などを特色とする。生前は作曲家自身受け持つことも少なくなかったピアノ伴奏パートの繊細な魅力も特筆されよう。歌詞の選択においては、ゲーテ、ハイネ、ブレンターノ、ヘルダーリン、リュッケルト、ウーラントといった19世紀の有名詩人の作品や、民謡集《子供の魔法の角笛》の中のテクストへの付曲も見られるが、それ以上に多いのはデーメル、リーリエンクローン、ヘッセらをはじめとする、作曲家と同時代に活躍した詩人たちの作品への付曲である。人気の高い傑作歌曲の多くが、今日ではほとんど忘れられた同時代の詩人たちによる詩に付曲されている一方、オペラ創作ではシュトラウスのために多くの台本を書いたオーストリアの大詩人ホフマンスタールの詩への付曲がひとつも見られないのは興味深い。

 ドイツ歌曲の輝かしい系譜の最後に熟したすこぶる美味な果実ともいうべきR.シュトラウスの歌曲は、近年、その味わい深い魅力がようやく広く知られるようになってきたようである。



~関連公演~

~関連コラム~

春祭ジャーナルINDEXへ戻る

ページの先頭へ戻る