HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/01/24

ワーグナー vs ストラヴィンスキー

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)
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 ワーグナーとストラヴィンスキー。この二人の音楽は外見的なスタイルにおいても精神的な拠り所においても遠く離れた場所にあるように見える。

 ワーグナーのオペラが持つ巨大さや神秘性といったものを前にすると、ストラヴィンスキーの音楽はずいぶん即物的に見える。事実、ストラヴィンスキーはワーグナーの偉大なる舞台神聖祝典劇《パルジファル》speaker.gif[試聴]に対して、こんな言葉を残している。

「ばからしい儀式によるバイロイトのこの喜劇は、宗教の儀式の無意識な猿真似ではなかっただろうか」(『ストラヴィンスキー自伝』より)

 原始宗教の儀式を題材にしたバレエ《春の祭典》speaker.gif[試聴]で一世を風靡したストラヴィンスキーがなにを言うのかとツッコミを入れたくもなるが、ストラヴィンスキーにとって物語的なテーマは音楽の背景に存在する他人の領域にすぎなかったのだろう。台本まで自ら書くワーグナーとは、まったく舞台作品に対する接し方が違う。

 ストラヴィンスキーがロシア・バレエ団とともにウィーンを訪れて「ペトルーシュカ」を上演する際には、リハーサルの段階からオーケストラの抵抗を受けた。オーケストラは公然とリハーサルをさぼり、聞こえよがしに作品への非難を口にして、敵意をあらわにした。オーケストラに困り果てたストラヴィンスキーに対して、劇場で幕を上げ下げする人懐こい老人が肩を叩いて、親切にも慰めの言葉をかけた。

「落胆しなさんな。ここに55年働いているが、こんなことが起こったのははじめてじゃありませんよ。《トリスタンとイゾルデ》speaker.gif[試聴]のときもまさしく同じようでしたよ」

 革新者であるがゆえの苦労はストラヴィンスキーもワーグナーもともに背負っていたようである。



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