HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2015/12/29

ポリーニ・プロジェクトについて vol.1
べリオ、ブーレーズ、ベートーヴェン~ポリーニ・プロデュースによる室内楽

現代を代表するピアニスト、マウリツィオ・ポリーニがプロデュースする最高峰で最先端の室内楽公演。爆発的なヴィルトゥオーゾと名高いジャック四重奏団らによる本公演のプログラム、そしてその魅力について2回に分けてお届けします。

文・野平多美(作曲、音楽評論)


 希代のピアニスト、マウリツィオ・ポリーニは、1995年のザルツブルク音楽祭で自身プロデュース「ポリーニ・プロジェクト」を開始した。日本ではこれまで3回――2002年、05年、12年(ポリーニ・パースペクティヴ)に開催されている。そして来る16年は、ジャック四重奏団をフィーチャーして、ブーレーズ、ベリオ、ベートーヴェンというプログラムを組んだ。

ジャック四重奏団

 今まで毎回取り上げられてきた作曲家は、ベートーヴェン。そしてそれに続くのが、同じ時代に生きるブーレーズである。

 弦楽四重奏曲といえば、その内容や数からもハイドンとその弟子ベートーヴェンを外せない。そのベートーヴェンとブーレーズを組み合わせたのは、"明晰な構造と豊かな発想による音楽"という二人の作曲家の共通点をポリーニが感じたからであろう。本来ブーレーズは、弦楽四重奏というあまりにも古典の編成とは結びつく感じがしない。しかしポリーニが目をつけたのは、ブーレーズが若い一時期に一度だけこの編成に興味を示して「弦楽四重奏のための書」(1948~)を作曲したことであった。

 ブーレーズは、ヴェーベルンの強い影響で十二音技法による作曲に夢中になり、「ピアノ・ソナタ第1番」(1946)、「同第2番」(47)を続けて作曲した。またこの作曲技法は、その後、音高、強弱、アーティキュレーションを独自のやりかたで管理する「全面的音列法(トータル・セリエリズム)」に発展してゆく。

 「弦楽四重奏の書」は、ちょうどこの頃の作品で、ピアノ独奏で探求してきた手法を4人の弦楽器奏者でどのように表現するのかを試行錯誤したに違いない。つまり弦楽四重奏のための『試み』『挑戦』『夢』『スケッチ』『断片』というどれもが正解なのが、この「書Livre」。全曲初演までにはずいぶんと時間がかかった。まず、1955年10月15日にドナウエッシンゲンでマルシュナー・カルテットにより部分初演(Ia, Ib, II)。1961年にダルムシュタットでハマン・カルテットが追加初演(V、VI)。1962年に同地で第3部 (IIIabc) をパレナン・カルテットが初演。そしてついに、1985年にアルディッティ・カルテットにより全曲初演(I ab, II, III abc, V, VI)。その間にブーレーズが手を入れないわけがない。

 後に「進行中の作品work in progress」という、一度完成した作品を改訂したり拡大、増幅したりする作曲法の萌芽が、この「書」にもある。まずは、ブーレーズはこの作品を作品リストから外して、弦楽合奏(Livre pour cordes /1968)として発表したこともある。これは、原曲の IaとIb で、1988年に改訂されている。

 クセナキス作品におけるキレの良さ、ラッヘンマン作品の緻密で詩的な音楽表現で聴く者を魅了するジャック四重奏団は、イーストマン音楽学校で結成された。現代アメリカ作曲家の新作初演と再演にも力を注ぐ、アメリカを代表する新世代の弦楽四重奏団である。

 ジャックJACKとは4人の頭文字。J ) ジョン・ピックフォード・リチャーズ(Va.)は、ダイレクトに音楽に向かう姿勢が見事。A ) アリ・ストレイスフェルド(Vn.)は、ユダヤの芸術音楽を継承する団体に所属し、中世、ルネサンスの音楽、とくにマショーやジェズアルドのマドリガルやモテットを弦楽四重奏で演奏する面白い試みなども行なっている。C ) クリストファー・オットー(Vn.)は作曲家で数学も学ぶ。なかでもチェロの K ) ケヴィン・マクファーランドは、"クセナキスの弦楽四重奏曲の第二世代による演奏について"という論文を<クセナキス演奏論 Performing Xenakis>に寄せるなど、客観的な視点持ち合わせている。

 彼らなりのブーレーズとベートーヴェンのつながりを見せてくれれば、なお演奏会は盛り上がるであろう。





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