HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2015/12/27

連載《ジークフリート》講座
~《ジークフリート》、そして『リング』をもっと楽しむために vol.2

音楽ジャーナリスト・宮嶋 極氏による恒例のオペラ鑑賞講座。今年度は、ワーグナー作曲『ニーベルングの指環』(通称『リング』)の第2日《ジークフリート》を紹介します。連載第2回では、第1幕を詳しく見ていきます。

文・宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)

前奏曲

 ティンパニによるF(ファ)のピアニッシモのトレモロに乗って2本のファゴットが「思索の動機」(譜例①)を奏でる。ティンパニの低いFは暗い森の空気感を、「思索の動機」はその森の中でミーメがひとり計略をめぐらしていることを表現したもの。調性は変ロ短調(b-moll)と珍しい調であるが、重く暗い雰囲気を醸し出す特徴がある。バス・テューバが「財宝の動機」(譜例②)を、続いてヴィオラが付点音符の「ニーベルング族の動機」(譜例③)を演奏、音楽は次第に活力を増し、途中、「剣(ノートゥング)の動機」(譜例④)、そして再び「ニーベルング族の動機」が現れて、第1幕がスタートする。森の奥にある洞窟で大蛇に姿を変えた巨人族のファーフナーが守るニーベルングの指環などの財宝を、ジークフリートを使って強奪しようと思いをめぐらすミーメの姿が115小節の短い前奏で印象的に描かれた音楽である。

譜例①

譜例②

譜例③

譜例④

第1幕

[ 第1場 ]

 森の洞窟の中、そこはミーメの仕事場である鍛冶場。ミーメはニーベルング族のアルベリヒの弟だ。彼はジークフリートの母親ジークリンデが遺していった剣(ノートゥング)の破片を鍛え直そうと何度も試みたが、うまくいかない。ジークリンデの死後、ミーメはその遺児であるジークフリートを育てていた。ミーメには思惑があったからだ。それは、並外れたパワーを持つジークフリートを使って森の奥の洞窟で大蛇に変身しているファーフナーを退治させ、世界を支配する魔力を持つ指環や隠れ頭巾などのニーベルングの財宝を奪い取ろうとの魂胆だった。大蛇退治に剣は不可欠とミーメは鍛冶仕事を行っているのだが、その思惑が「大蛇の動機」(譜例⑤)や「剣の動機」が交錯することで強調される。

譜例⑤

 そこへ「ジークフリート角笛の動機」(譜例⑥)を基にした快活な音楽(譜例⑦)とともにジークフリートが森から大きな熊を連れて戻り、ミーメにけしかける。何とも破天荒な登場シーンだが、ジークフリートの並外れた腕力とこの時点での彼の精神的な幼さを表わしている。ジークフリートは、ミーメが作った新しい剣(ノートゥングではない)を取り上げるが、すぐに叩き折ってしまう。このバックでオーケストラは「苛立ちの動機」(譜例⑧)を繰り返す。ジークフリートに罵倒されたミーメは「幼いときから育ててあげたのに」と哀愁のある旋律に乗せて泣き言をいう、いわゆる「養育の歌」(譜例⑨)である。ジークフリートは「お前と一緒に居るのが嫌で森に行くのに、なぜか戻ってきてしまう。その理由を教えてくれ」と尋ねると、オーケストラが「憧憬の動機」(譜例⑩)で答える。自らの出生の秘密や両親について問い詰めるジークフリートは「水に映った自分の顔がミーメとはまったく似ていない」と言い出し、「本当の親を教えろ」と迫る。この場面でオーケストラは「ジークフリートの動機」(譜例⑪)、「ヴェルズング族の動機」(譜例⑫)を奏で、ミーメよりも先にジークフリートの疑問への解答を示す。ジークフリートとミーメ2人だけの会話シーンだが、ここではオーケストラも雄弁に絡んでくる楽劇ならではの場面といえよう。

譜例⑥

譜例⑦

譜例⑧

譜例⑨

譜例⑩

譜例⑪

譜例⑫

 ミーメは最初、真相を明かすことをためらうが、脅迫気味に迫るジークフリートに気圧されて過去のいきさつを語り始める。それによるとある時、ミーメは森で倒れた臨月の女性を助けた。彼女がジークフリートを産んで亡くなったこと。その母親はジークリンデという名前で、父親は戦いで殺されたこと。そして、形見の品としてその戦いで父が手にしていたという砕けた剣を見せる。この時、「剣の動機」が輝かしく演奏される。ジークフリートはその剣を鍛え直すよう言い残して、再び森へと出かけていく。ミーメは「何度も剣を鍛え直そうと試みたが出来なかったのだ」と頭を抱える。オーケストラは「絶望の動機」(譜例⑬)。

譜例⑬

[ 第2場 ]

 入れ替わるように「さすらい人の動機」(譜例⑭)とともに旅人に姿を変えた神々の長ヴォータンが現れる。ヴォータンは尊大な態度で少し休ませてほしいと、嫌がるミーメを無視して居座りを決め込む。ヴォータンは休ませてもらった礼に3つの質問に答えるので、もし1問でも不正解があれば、自分の首を進呈すると妙なことを言い出す。早く旅人を追い出したいミーメは「思索の動機」とともに考えた末、この申し出を受け入れる。この時、金管楽器によって「槍の動機」(譜例⑮)から転じた「契約の動機」が鳴り響く。

譜例⑭

譜例⑮

 ミーメの質問は(1)地下に住む種族は何か、(2)地上に生活する種族は何か、(3)天界に居拠する種族は何か――という他愛のないもの。ここまで《ラインの黄金》《ワルキューレ》とご覧(お聴き)になった方なら誰でもお分かりのはず。答えは(1)ニーベルング族、(2)巨人族(譜例⑯)、(3)神々「ヴァルハラの動機」(譜例⑰)であるのだが、これに合わせて、それぞれに関連する動機が現れ、各種族にまつわる前作までのいきさつが、あたかもクイズに答えるように回想されていく。男は神々に関する過去を語り終えると、手に持っていた槍を地面に突き立てる。すると雷鳴とともに「槍の動機」が鳴り響き、ミーメはこの旅人がヴォータンであることに気付き警戒する。

譜例⑯

譜例⑰

 今度は逆にヴォータンが問題を出すと言い出す。最初の質問は「神々の長ヴォータンが最も愛していたにもかかわらず、邪険にしてしまった種族は何か?」。オーケストラは「ヴェルズング族の動機」を奏でる。ミーメはジークムントとジークリンデが愛し合い、その結果できた息子がジークフリートだと語ると、「ジークフリートの動機」が明快な形で聴こえてくる。次の問いは「ひとりの利口なニーベルング族がジークフリートを育てファーフナーを退治させ、財宝を奪おうと企んでいるが、その際ジークフリートが使うべき剣の名前は何か?」。ミーメは自分のことにもかかわらず夢中になって「ノートゥング」と答え、剣にまつわるいわく因縁を説明する。ジークフリートには曖昧にしか説明しなかったミーメが事の経緯を熟知していることがヴォータンの誘導によって明らかにされる。背景ではトランペットによる「剣の動機」が繰り返される。最後の問いは「折れたノートゥングを鍛え直せるのは誰か?」で、これは本来ミーメ自身が最も知りたいことだった。背景に「ジークフリートの動機」が流れて正解が暗示されるのだが、ミーメは答えられない。さすらい人ことヴォータンは、最も大切なことを聞かなかったミーメを諭しつつ「恐れ(怖れ)を知らぬ者」と答えを明かす。ここで再び「ジークフリートの動機」。賭けに負けたミーメの首は「恐れを知らぬその男に預ける」と言い残し、ヴォータンは去っていく。

[ 第3場 ]

 ミーメが茫然となっているところにジークフリートが荒々しく戻って来る。ジークフリートは剣の完成をふたたび催促。ミーメはノートゥングを鍛え直せなかったわけを説明するためにジークフリートに「恐れ」というものを教えようとするが、彼はまったくそれが理解できない。業を煮やしたジークフリートは自分で剣を鍛え直そうとする。彼は「若者の力の動機」に乗って力強く作業を開始。「溶解の歌」(譜例⑱)を歌いながら、フイゴで火をおこし、折れた剣をやすりで粉にして溶かしてしまう。溶けた剣を鋳造し直し「鍛冶の歌」(譜例⑲)を歌いながら、ハンマーを手に見事に鍛え直していく。この場面のジークフリート、そして第1場でのミーメ、ともにハンマーや金槌を手に譜面に指定された通りのリズムを刻みながら歌唱、演技を行なわなければならない。リズムは打楽器奏者並みのテクニックが求められる複雑さ(譜例⑳)で、目にも耳にも楽しい場面であるが、演者にとっては結構やっかいなシーンといえなくもないだろう。

譜例⑱

譜例⑲

譜例⑳

 剣が完成しつつある様子を見たミーメは、事が成就した暁にジークフリートを殺害するための毒入りの飲み物を作る。恐れを知らぬ若者ジークフリートの手によってノートゥングはついに再生され、輝かしく「剣の動機」が演奏される。ジークフリートが完成したノートゥングを振り下ろすと、鉄床が二つに割れ、予想を大きく超えた剣の威力にミーメが狂気の笑い声を上げる中、オーケストラのトゥッティ(全奏)による駆け抜けるような力強い後奏とともに第1幕は閉じる。


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