HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/02/19

ようこそハルサイ〜クラシック音楽入門~
声の魔術師モーツァルト

文・小味渕彦之(音楽学、音楽評論)
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 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)のリート(歌曲)に接すると、響きに包まれるような独特の感覚を覚えます。もちろん、オペラであれだけの重層的な表現を構築しているのですから、不思議なことではありません。ただし、モーツァルトにとってこのジャンルの作品は、大作の合間に書いた息抜きの曲であることが多かったとは意外です。曲数も30曲ほどしかなく、その多くがウィーンに出てきてからの作品でした。面白いのが、どういった言葉を選ぶのかということに無頓着だったこと。例えば《すみれ》speaker.gif [試聴] はゲーテの詩ですから、吟味を重ねたのかと思えば、偉大な文豪の言葉とは知らずに曲をつけていたという始末でした。目に入ったテキストを使って筆のおもむくままに楽譜を書いたとしても、さほど言い過ぎではないようです。それでいて、出来上がった歌のメロディには言葉が活き活きと響いていて、生命力に満ちた輝きを聴かせるのですから、天才の成す技は侮れません。「すみれがひとつ牧場に生えていた」という歌い出しが、どれほど雄弁に迫ってくるのかは、一度聴いてみるだけでよくわかります。

 オペラ以外でモーツァルトの自在な声の扱いを味わうことができるのが、モテットです。本来、この曲種は宗教的な色合いの濃い作品なのですが、モーツァルトの場合、実質的には声のための協奏曲とでも言うべき性格を持つ作品があって、よく知られる《踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ》speaker.gif [試聴] にはオペラのアリアのように華麗な技巧が散りばめられています。同じモテットでも対照的なのが《アヴェ・ヴェルム・コルプス》 speaker.gif [試聴] で、こちらはシンプルな構成の中に温かな光で照らされるかのように、合唱のハーモニーが湧き上がるのです。死の年である1791年に書かれたこの小品が表現する例え様もない美しさは、モーツァルトが35年という短い生涯でたどり着いた極致と言ってもよいでしょう。



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