PROGRAMプログラム

東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2014-

原田禎夫 チェロ・シリーズ vol.5ゴルトベルク変奏曲
~ジュリアン・スツルマン、今井信子を迎えて

プログラム詳細

© 堀田力丸
■日時・会場
2014.3.22 [土] 18:00開演(17:30開場)※ この公演は終了いたしました。
東京文化会館 小ホール

■出演
ヴァイオリン:ジュリアン・スツルマン
ヴィオラ:今井信子
チェロ:原田禎夫
※ 当初、出演を予定しておりましたヴァイオリンのパメラ・フランクは、健康上の理由により来日できなくなりました。代わりまして、ジュリアン・スツルマンが出演いたします。
【出演者変更のお知らせ】


■曲目
J.S.バッハ(シトコヴェツキー編)
《ゴルトベルク変奏曲》BWV988(弦楽三重奏版) speaker.gif[試聴]


【試聴について】
speaker.gif[試聴]をクリックすると外部のウェブサイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」へ移動し、
プログラム楽曲の冒頭部分を試聴いただけます。
ただし試聴音源の演奏は、「東京・春・音楽祭」の出演者および一部楽曲で編成が異なります。


~原田禎夫チェロ・シリーズ~
~関連コラム~
「チェリスト・原田禎夫」

出演者

ヴァイオリン:ジュリアン・スツルマン Julien Szulman 2004年ジュネーブ国際コンクール、2005年ロン・ティボー国際コンクールで入賞など輝かしいコンクール経歴を持つジュリアン・スツルマンは、現在、フランス国立ロワール管弦楽団でコンサートマスターを務め、小澤征爾スイス国際音楽アカデミーのリクルーティング・コミッティーのメンバーを務める。
▼続きを見る フランス国立管、リエージュ・フィル、カンヌ・フィル、ナポリのサンカルロス・オーケストラなどにソリストとして出演。
室内楽の分野でも幅広く活動し、シャンゼリゼ劇場、サル・ガポー、シャトレ劇場、ラジオ・フランス・オーディトリウム、ジュネーブのアルバート・ホール、上海音楽院、ソウル室内楽ホールなどで演奏をした。 フランス人ピアニストのフランソワ・デュモンとも定期的にデュオ演奏を行い、トリオ・エレギアックのメンバーでもある。
ジュリアン・スツルマンは、5歳でヴァイオリンを始め、その後、ジャン=ジャック・カントロフなどに師事しパリ音楽院で研鑽を積んだ。卒業後、ベルリンに渡り、ハンス・アイスラー音楽院で学んだ。2007年より毎年小澤征爾スイス国際音楽アカデミーにも招待され、パメラ・フランク、今井信子、原田禎夫、ロバート・マンらに師事。

© Jean-Baptiste Millot ▲プロフィールを閉じる

ヴァイオリン:ジュリアン・スツルマン Julien Szulman

ヴィオラ:今井信子 Nobuko Imai 東京生まれ。桐朋学園大学卒業、イェール大学、ジュリアード音楽院を経て、1967年ミュンヘン国際コンクール、1968年ジュネーヴ国際コンクールにそれぞれ最高位入賞。  1970年西ドイツ音楽功労賞を受賞。
1990年ベルリン・フィル定期演奏会、同年小澤征爾サイトウ・キネン・オーケストラ▼続きを見る のソリストとしてザルツブルク音楽祭に出演など、世界の桧舞台で活躍を続けている。
世界初演も数多く、コリン・デイヴィス指揮ロンドン響とマイケル・ティペットのトリプル・コン チェルト、フランス革命200年祭で、ケント・ナガノ指揮パリ管と武満徹のヴィオラ協奏曲《ア・ストリング・アラウンド・オータム》を世界初演している。室内楽活動も積極的に行っており、これまでにマルタ・アルゲリッチ、アンドラーシュ・シフ、ギドン・クレーメル、ミーシャ・マイスキー、ヨーヨー・マ、五嶋みどりらと共演。マールボロ、プラード・カザルス、ラヴィニア、ヴェルビエ等世界各地の音楽祭にも頻繁に招かれている。
日本では、1987年より東京カザルスホールの音楽アドヴァイザーを務めたほか、同ホール専属の<カザルスホール・アンサンブル>、1992年にカザルスホールでスタートし、紀尾井ホールを経て現在は上野学園 石橋メモリアルホールで開催されている<ヴィオラスペース>などの企画・演奏に携わる。1995年から96年にかけて東京、ロンドン、ニューヨ ークの3都市にわたって開催された「インターナショナル・ヒンデミット・ヴィオラ・フェスティバル」では音楽監督を務め世界の注目を集めた。2000年には日蘭交流400周年を迎えたオランダと日本において数々のプロジェクトをプロデュース、2007年から2009年までは武生国際音楽祭の音楽アドヴァイザーを務めた。このほか2009年よりスタートした日本初のヴィオラ単独の国際コンクール、東京国際ヴィオラコンクールではアドヴァイザーおよび審査委員長を務めるなど、常にヴィオラ界をリードする存在として、めざましい活躍を続けている。2011年4月より大阪ザ・フェニックスホール音楽アドバイザー。
2003年にはミケランジェロ弦楽四重奏団を結成、同年10月にはアムステルダムのコン セルトヘボウにて、12月には日本でデビュー・コンサートを行い、好評を博した。2012/13シーズンにはイギリス・パースにてベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会を行った。 レコーディングはフィリップス、BIS、ドイツ・グラモフォン等から40以上のCDをリリース。著書に『憧れヴィオラとともに』(春秋社)がある。
1993年エイボン女性芸術賞ならびに文化庁芸術選奨文部大臣賞、1994年京都音楽賞、1995年モービル音楽賞、1996年には毎日芸術賞とサントリー音楽賞を受賞。2003年4月に紫綬褒章を、2013年4月に旭日小綬章を受章。現在はスイスに在住し、ジュネーヴ音楽大学、アムステルダム音楽院、クロンベルク・アカデミー、上野学園大学の各教授、および北京・中央音楽学院の客員教授を務めている。

© Marco Borggreve ▲プロフィールを閉じる

ヴィオラ:今井信子 Nobuko Imai

チェロ:原田禎夫 Sadao Harada NHK交響楽団のチェロ奏者だった父から手ほどきを受けた後、齋藤秀雄氏に師事。桐朋学園大学卒業。東京交響楽団の最年少首席チェリストを務めた後ジュリアード音楽院に入学、クラウス・アダム、ロバート・マン、ラファエル・ヒリヤー各氏に師事し室内楽の研鑽を積んだ。東京クヮルテットを結成し、ミュンヘン国際音楽コンクール等で圧倒的な優勝を飾り世界の注目を浴びた。▼続きを見るミラノ・スカラ座、アムステルダム・コンセルトへボウ、ニューヨーク・カーネギーホール等、世界の一流の舞台でベートーヴェン・チクルス等の名演を残し、録音でも数多くの賞に輝いた。1999年に30年間在籍した東京クヮルテットを離れ、ソリストとしてはNHK交響楽団(指揮:準メルクル)、新日本フィルハーモニー交響楽団(指揮:小澤征爾)、札幌交響楽団等と共演。室内楽では、ロバート・マン、アルバン・ベルク弦楽四重奏団、ジュリアード弦楽四重奏団、上海クァルテット、ジェシー・ノーマン、ピンカス・ズッカーマン、アイザック・スターン等と共演。その他、サイトウ・キネン・オーケストラ等に定期的に出演。
現在は水戸室内管弦楽団のメンバーを務める他、2006年に結成したアミーチ・カルテットとして、日本各地、アムステルダム・コンセルトへボウ、イタリアやドイツ各地、アメリカ・ワシントンD.C.等で演奏、室内楽講習会を続ける。また後進の育成にも大きな情熱を注ぎ、小澤国際室内楽アカデミー奥志賀、プロジェクトQ、スイス国際室内楽アカデミー、タングルウッド音楽祭室内楽マスタークラス、北京室内楽講習会等、数々の講習会や音楽祭で若い音楽家達を指導している。アメリカ・イェール大学音楽学部教授、ドイツ・トロッシンゲン国立音楽大学教授を経て、現在は上野学園大学音楽学部教授を務める。

© 齋藤清貴 ▲プロフィールを閉じる

チェロ:原田禎夫 Sadao Harada

■曲目解説 

J.S.バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》BWV988(弦楽三重奏版)
 《ゴルトベルク変奏曲》は、1742年に《クラヴィーア練習曲集 第4部》として出版された。オリジナルのタイトルは《2段の手鍵盤チェンバロのためのアリアと種々の変奏》である。ゴルトベルクの愛称が付けられた由来は、フォルケルの記した逸話による。1741年、バッハは旧知のロシア公使カイザーリンク伯爵から、不眠症の夜に気を紛らすような曲を作ってほしいとの依頼を受けて、この変奏曲を書いた。伯爵がそれをヨハン・ゴルトベルクというお抱えピアニストに弾かせて愛聴し続けたところから、この通称が生まれたということになっている。しかし当のゴルトベルクがこの難曲を弾くにはまだ若すぎるという理由から、この逸話を疑問視する説もある。
 作品全体は、冒頭と末尾に置かれたアリアと30の変奏曲からなる。変奏曲は3つずつの単位で構成され、その最後の変奏はカノンとなっており、カノンの音程は同音から始まり、1度ずつ広がっていく。アリアは16小節ずつの前半・後半からなり、全曲の構成も16曲ずつの前半・後半に分けられ、後半は第16変奏のフランス風序曲から華々しく始まる。このように構成内容も、数学的にシンメトリックになるよう構築されており、この作品が一つの巨大な建築物にも比される所以となっている。ただし、最終変奏(第30変奏)は、カノンではなく「クォドリベット」という、異なった流行の旋律を組み合わせる変奏形式を採用しており、ここでバッハは当時の流行歌2曲を導入するという遊び心を見せている。
 弦楽三重奏版は、かのイヴァン・ガラミアンに師事したヴァイオリニストであり指揮者でもあるドミトリ・シトコヴェツキーが、バッハの生誕300年を記念して編曲し、グレン・グールドの思い出に捧げられている。弦楽三重奏版での初演は、シトコヴェツキー自身が芸術監督を務めていたフィンランド・コルショルム音楽祭で1985年に行なわれた。


主催:東京・春・音楽祭実行委員会

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