HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2017/12/24

現代の「白鳥の騎士」─クラウス・フロリアン・フォークト

文・堀内修(音楽評論家)

普通じゃない

Klaus Florian Vogt

クラウス・フロリアン・フォークト

 わ、普通じゃない!

 《ホフマン物語》のホフマンとして、クラウス・フロリアン・フォークトが日本の舞台に初めて登場した時、そう思ったオペラ好きが、きっと何人もいたはずだ。その中で、ローエングリンが出てきた!と思った人も、ひとりではなかったに違いない。

 一声聴いたら忘れられない美声だが、ヘルデン・テノールのたくましさはない。声だけ聴けば、この声で最後まで持つのだろうか?と危惧してしまうような、繊細なリリック・テノールのようなのに、誰が聴いてもワーグナーのヒーローだと感じさせる。それだけでなく、どこか浮世離れしていて、はるか遠くの星からやってきたよう。つまり「白鳥の騎士」みたいだったのだ。

 フランス・オペラの、悪夢にうなされる詩人を歌って、これが新しいローエングリンだと感じさせてしまったのだから、フォークトは本当に普通じゃなかった。

ホルン奏者からワーグナーのスターへ

 フォークトは音楽を学んだのだが、歌手でなく、ホルン奏者としてキャリアを始めた。あの声なのにどうして?と不思議な気がするのだが、もちろん最初からあの声と歌唱を手に入れていたわけではないのだろう。だがオペラの舞台にふさわしいのは本人だってすぐにわかる。リューベックの音楽院で学び直し、歌手としてデビューしてからは、順風満帆だった。デビューの翌年にはドレスデン国立歌劇場のメンバーとなり、5年後の2003年には世界的な活動をするようになっている。東京でホフマンを歌ったのはその2年後の2005年だ。

 いわゆるヘルデン・テノールとは違っているにもかかわらず、早くからワーグナー歌手だと認められた。バイロイト音楽祭には2006年から出演し、これまでに《ニュルンベルクのマイスタージンガー》のヴァルターや《パルジファル》のタイトルロールなどを歌ってきた。2017年にはミュンヘンのバイエルン国立歌劇場の《タンホイザー》新制作上演でタンホイザーを歌い、大成功を収めたが、その成功はすぐ後のバイエルン国立歌劇場日本公演で実証されることになった。

 タンホイザーはトリスタンやジークフリートと並んで、ワーグナーのテノールでも特に重い役として知られている。やや軽過ぎる、まだ早いのではないか、と危惧する向きもあったが、歌ってみると芸術家としてのタンホイザーという面が強められ、この役に新しい光を当てたのがわかった。

 もしかしたら先にルネ・コロというワーグナー・テノールがいたのが幸いしたのかもしれない。コロもワーグナーを歌い始めた時は異質だと考えられ、ワーグナーのテノールではないと言われたものだった。結局コロは大成し、時代を切り開くヘルデン・テノールになった。歌手としての性格は違っているが、明るい声のフォークトには先輩がいたことになる。

フォークトのローエングリン

Klaus Florian Vogt

 フォークトはまずローエングリンを歌ってワーグナー歌いとしての評価を得た。東京でもこの役を歌って人気になっている。確かに、フォークトの個性にぴったり合っている。ローエングリンとコルンゴルトの《死の都》のパウルは、いまフォークトの右に出る人はいないどころか、これ以上合う人は昔も今もいないだろう。パウルは過去からやってきた人だし、ローエングリンは不思議な聖杯の城からやってきた人......というか霊的な騎士だ。遠い星でないとしても、はるかな国から現われる、どこかこの世の者ならぬ騎士だと、フォークトのローエングリンが船を曳いてきた白鳥に別れを告げる時、信じずにいられるだろうか?

 歌曲の歌手としても、フォークトが特別なのは、《美しき水車屋の娘》で証明されている。R.シュトラウスの歌曲が大地から足が離れたように歌われるのを味わってみたい。



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