HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2017/03/14

国立西洋美術館の主任研究員に聞く
「シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才」&記念コンサートの魅力

 東京春祭では、上野エリアの美術館や博物館でも数々のコンサートを開催します。昨年、ル・コルビュジエによる建築が世界遺産に登録された国立西洋美術館も、会場の一つ。「シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才」記念コンサートとして、当時のサロンを彷彿とさせる二つの演奏会が開催されます。
 コンサート当日お話を聞かせてくれる国立西洋美術館主任研究員の陳岡めぐみさんは、この「シャセリオー展」はじめ数々の展覧会を通し、フランスと日本の文化をつないだことが評価され、先にフランス政府から芸術文化勲章シュバリエを授与されたばかり。そんな陳岡さんに、展覧会のみどころやロマン主義の芸術が花開いたパリについて、お話を伺いました。

文・高坂はる香(ライター)


 シャセリオーは、一般的知名度は高くありませんが、美術愛好家の間では人気が高く、好きなロマン主義の画家の名前をあげるとなったら、ドラクロワの次に出てくるような画家なんですよ。16歳の画壇デビューから37歳で他界するまでの約20年で、凝縮された創作活動を行いました。しかし作品数が多くないこともあり、フランスでも1933年と2002年に回顧展があったくらいで、まとめて展示される機会がなかなかありません。

 日本には彼の油彩を所蔵しているところもないので、展覧会の実現は簡単ではありませんでした。でも、コアなファンも多く、待ち望まれている画家なので、がんばりました(笑)。着想から8年かかりましたね。

  "フランスでもなかなかできないものを、よく日本でやろうとしている"と関係者たちが応援してくれたので、絵画の借用の交渉にもみなさん協力的で、本当に助かりました。


 1819年生まれなので、年代的には、ユーゴーやドラクロワの20歳ほど下、ネルバルやゴーティエの10歳ほど下です。

 11歳の若さで新古典主義の大家アングルに弟子入りし、ロマン主義が円熟期を迎えた1830年代には、10代前半でありながら大人にまざってパリの芸術家たちと交流し、16歳で作品がサロンに入選してデビュー。20代の頃には壁画などの大作も手掛けるようになりましたが、30代を迎え、これからという時に他界します。

 カリブ海の島で、フランス人の父と現地生まれのフランス人の母のもと生まれた彼は、フランス本国生まれの人とは少し異質な感性を持っていました。社交界で人とうまく交わりながらも、自身の異質さや世代の違いなどから、ある種の違和感を抱えていたのでは。それが、作品に独特のメランコリックな雰囲気をもたらしているのでしょう。

 写実主義のクールベと同年生まれですが、シャセリオーは前の世代と一緒に早く活躍したわけです。ロマン主義を率いた面々に若くして伍しつつ、トレンドを吸収した画家で、作品を通し、ロマン主義の良い時代やフランス文化の粋を伝えてくれます。

 彼の絵が持つ空気感、柔らかい色の重なりや筆使いは、近くで見ないことにはわかりません。とにかく色が繊細なので、実物で見てほしいですね。

 シャセリオーがショパンと直接交流したかはっきりわかりませんが、ジョルジュ・サンドのサロンには出入りしていたので、おそらく会っていたでしょうね。

 当時パリのヌーヴェル・アテネと呼ばれる界隈には、芸術家が固まって住んでいました。シャセリオーは舞台芸術にも興味があったようで、ロッシーニのオペラの舞台からインスピレーションを得て描いた作品もあります。

 ラマルティーヌ、ネルバルなど詩人との交流も多く、とくにゴーティエは生涯にわたりシャセリオー最大の擁護者でした。シャセリオーは、ゴーティエが愛したバレリーナ、カルロッタ・グリジの肖像も描いています。

 この時代は、文学者、画家、音楽家の間の距離が今よりずっと近かったように感じられますね。なかでも絵画と音楽は、言葉以外の表現を探るという意味で近いものがあると思います。シャセリオーも、アポロンとダフネやマゼッパなど、音楽と共通する題材をたくさん取り上げてもいます。

 美術館、博物館の集まる上野が、より華やかで文化の香り高くなりますね。普段あまり美術館にいらっしゃらない音楽好きの方が、この機会に西洋美術館に足を運んでくださる良い機会でもあります。

 今年は、毎年恒例の音楽祭と同じ、良いタイミングで私たちのシャセリオー展も開催となります。一年で最も盛り上がる桜の季節の上野を、存分に堪能していただきたいです。


国立西洋美術館で開催する公演
~「シャセリオー展」記念コンサート~

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