HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2016/01/12

アーティスト・インタビュー
~クリストフ・プレガルディエン(テノール)【前編】

深遠な歌唱と表現で聴かせるクリストフ・プレガルディエン。今年還暦を迎える節目の年に、「東京春祭 歌曲シリーズ」にて、ノルマン・フォルジェの編曲で木管五重奏とアコーディオンの演奏を伴った《冬の旅》を本邦初演します。この室内楽版《冬の旅》についてのプレガルディエンのロング・インタビューを二回に分けてお届けします。

「東京春祭 歌曲シリーズ」は2009年に始動した息の長いシリーズですが、ピアノ以外の楽器と共演なさるのはプレガルディエンさんが初めてです。ドイツ・リートの代名詞ともいえる《冬の旅》を、"テノール+木管五重奏+アコーディオン"という編成で披露いただきます。

クリストフ・プレガルディエン

この室内楽版の《冬の旅》は、カナダ出身の作曲家ノルマン・フォルジェ氏が、自身もオーボエ奏者として名を連ねる木管五重奏団「ポンタエードル」のために書いたものです。当初はバリトン歌手用に作られたそうですが、フォルジェ氏から「原曲に沿ったテノール版を新たに作りたいので、歌ってほしい」とお声がけいただきました。構想に魅せられた私は、カナダを訪れてこの"テノール用の室内楽版"の初演とレコーディングに参加しました。このポンタエードルとの録音は2008年にリリースされています。



録音を拝聴しました。何よりもまずサウンドが、原曲に寄り添いつつも実にユニークです。

あくまでピアノ・パートを6つの楽器に振り分けた"編曲版"ですから、シューベルトの原曲にはほとんど手は加えられていませんが、おっしゃる通り、サウンドはとても印象的です。それはもちろん、アコーディオンが感情に訴えかける"インパクト"によるところが大きいでしょう。原曲の《冬の旅》の和声がそのまま用いられているにもかかわらず、アコーディオンの特異な音色が、楽曲の様々な雰囲気を強調します。ヨーロッパ人にとって、アコーディオンは民俗音楽や民俗舞踊を連想させる楽器です。その特徴的な音色は、非現実的なファンタジーではなく、地にしっかりと足をつけているという感覚を与えてくれます。悲哀に包まれた《冬の旅》が語る失われた愛とその苦悩が、アコーディオンの音色によってより現実なものとして浮かび上がってくるのです。木管五重奏の編曲もそうした性格を踏襲しているように感じられますし、あえて心地よさを追求しない響きが時に現れるのもアコーディオンならではだと思います。

プレガルディエンさんが1999年に録音なさったオーケストラ版の《冬の旅》でも、アコーディオンが使用されています。今回の室内楽版はこれに倣っているのでしょうか?

特にそうとは思いません。アコーディオンという楽器が、本来、シューベルトの音楽に宿る民俗性  とりわけそれは旋律やリズムに反映されていますが  と相性が良いのではないでしょうか。とにかく、今回の室内楽版では、シューベルトが原曲に込めた色とりどりの音色が、アコーディオンの存在感によって実に美しく引き立てられていると思います。

《冬の旅》に関して、プレガルディエンさんはすでに2度(1996年・2012年)フォルテピアノとモダンピアノと共に録音をし、1999年には前述のオーケストラ版の録音も残していらっしゃいます。《冬の旅》に多角的にアプローチなさってきたプレガルディエンさんにとって、今回の室内楽版の最もチャレンジングな点は何でしょうか?

作曲家ハンス・ツェンダー氏による《冬の旅》のオーケストラ版は、編曲というよりは再創造と呼ぶべきものだと思います。原曲から霊感を得て、新たな作品を書いたというイメージですね。曲調もよりモダンで実験的ですし、当然、編成も大きいわけですから、親密さとはまた異なるものを追求している作品だと思います。 一方、今回演奏する室内楽版は、歌手と6人の器楽奏者のための編曲版ですから、ピアノのために書かれた原曲に比べて編成はやや大きいものの、依然、原曲と同様にインティメートな雰囲気の創出を求められます。これは《冬の旅》という作品の根本に関わる課題です。《冬の旅》は単に物理的な「旅」を語るだけでなく、心理的な「旅」の描写でもあり、「冬」は主人公の内面にも訪れるのですから。



~クリストフ・プレガルディエン(テノール)出演公演~

春祭ジャーナルINDEXへ戻る

ページの先頭へ戻る