HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/03/22

ようこそハルサイ〜クラシック音楽入門~
チャイコフスキーのメロディの秘密

文・小味渕彦之(音楽学、音楽評論)
clm_0322_1.png

 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)は誰もが知る、19世紀のロシアで活躍した作曲家です。歴史上作曲家という人々は、個性的な性格の人が多いのですが、チャイコフスキーは神経質なところがあったものの、概ね穏やかで柔和な人物だったそうです。当時のロシアでは西欧的で洗練された音楽を生んだと言われていました。それでもやはり彼の音楽は、ロシアに固有の息の長い旋律と、感情の振幅の広さが特色と言えます。

 ところでチャイコフスキーは世にも稀なメロディ・メーカーだと思うのですが、彼の曲をいくつか聴いてみると、あることに気がつきます。《弦楽セレナード》の「第1楽章」speaker.gif[試聴]しかり、《交響曲 第5番》の「第2楽章」speaker.gif[試聴]しかり、メロディの根幹は音階を順番に昇ったり降りたりしているだけというものが多いのです。「何と単純な」と侮ってはなりません。どの曲でも絶妙な和声付けと楽器法で、きめ細やかに編まれた織物のように音楽は仕上げられています。

clm_0322_2.png

 さて、こうして音階の隣り合った音に進むことを、音楽用語では順次進行と呼ぶのですが、この順次進行で出来上がったメロディの究極の例を、チャイコフスキーの作品の中に見つけることができます。バレエ音楽《くるみ割り人形》の第2幕第3場で金平糖の精と王子が優雅なデュエットを踊るのが、有名な「花のワルツ」speaker.gif[試聴]に続く、第14番の「パ・ド・ドゥ」speaker.gif[試聴]です。この中の最初の曲で、下行する順次進行が「これでもか」と言わんばかりに登場します。ハープの前奏に導かれてチェロが奏でるのが「♪ドーシラソファーミレドー♪」と「♪ラーソファミレードシラー♪」という音型が組み合わさったメロディ。その後、約5分の曲で、この音型が合わせて10回以上もあらわれます。ただし、背景で奏でられているものも含めて、楽器の組み合わせが次々と変化しますので、マンネリ感は皆無という。匠の技を存分に味わうことができるのです。


~関連公演~


春祭ジャーナルINDEXへ戻る

ページの先頭へ戻る