PROGRAMプログラム

東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2018-

ミュージアム・コンサート「ブリューゲル展」記念コンサート vol.1
坂本龍右(リュート)&ペリーヌ・ドゥヴィレール(ソプラノ)

16世紀を代表し、150年にわたり画家を輩出し続けたブリューゲル家。その一族の祖となるピーテル・ブリューゲル1世とその息子が生きたアントワープと周辺ゆかりの音楽が、欧州で活躍する2人の調和で響きます。

プログラム詳細

2018:03:18:14:00:00

■日時・会場
2018.3.18 [日]14:00開演(13:30開場)[約60分]
東京都美術館 講堂

■出演
リュート:坂本龍右
ソプラノ:ペリーヌ・ドゥヴィレール

■曲目
J.バルビロー(1455-91):楽しい歌、喜びを奪われた男
C.カニス(1500/10-62):私の恋人は神様から贈り物をもらった
T.スザート(1510/15- after 1570):バス・ダンス、ロンド
J.クレメンス・ノン・パパ(c.1510/15-55/56):私の奴隷に来て
P.ファレーズ(c.1545頃-1629):ブランル、ウンガレスカ、サルタレッロ
A.ペフェルナーゲ(1542/43-91):天にまします我らの父よ
N.フェニアン(c.1537- c.98):ディアナはもう恋人でなくなった
G.ヒューウェット(c.1550-1616):リュートのためのファンタジア
P.ゲドロン(c.1570- c.1620):それはマルスの神なのか
作者不詳:アントワープのパッソメッツォ
A.ヴァレリウス(c.1570-1625)
 誇り高き心
 私は悲しむ
G.G.ガストルディ(c.1554-1609):誰よりも美しいクロリス

[アンコール]
J.アルカデルト:マルゴよ、葡萄園で働け

チケットについて チケットについて

■チケット料金(税込)

席種 全席自由
料金 ¥2,100

 ■発売日
  一般発売:2017年12月7日(木)10:00

チケット予約・購入 お買い物カゴ トリオ・チケット

■曲目解説

坂本龍右 (リュート奏者)

今回は「ブリューゲル展」記念コンサートということで、ブリューゲル父子の活動したアントワープ(アントウェルペン)に関わりのある音楽を中心に並べました。リュートと歌という最小限の編成で、約1世紀半に渡る音の絵巻物をつづってみたいと思います。

現在のベルギーにおける第2の都市アントワープ。フランドル伯の支配下にあったこの町が16世紀前半に、北ヨーロッパにおける商業・貿易都市の中心の地位を、ブルッへ(ブルージュ)に代わって獲得すると、各地の富が一挙に集中する場となりました。ブリューゲル(父)の壮年期が、この都市にとって空前の繁栄期と重なったことは、彼の創作活動に大いにプラスに作用したことでしょう。こうして時代を代表する画家を生んだアントワープは、音楽の面でも見逃すことができません。著名なアントワープ大聖堂を舞台とした教会音楽はもちろんのこと、豊富な経済力を持つ都市に魅せられて、各地から優れた音楽家が移住してきて活動しました。さらに16世紀半ばから後半にかけてのアントワープは全ヨーロッパにおける出版業の中心で、後述のように旺盛な楽譜出版活動のおかげで、各地からもたらされた音楽の供給地点、かつ交流地点ともなりました。ですから、ブリューゲルの時代のアントワープは短期間ながらも、当時のヨーロッパにおける「音楽の都」の機能を有していた、と言って差し支えないのです。

J.バルビローは、アントワープ大聖堂の聖歌隊長としてその短い生涯を終えました。現存作品はわずかながら、どれも質が高く、当時の人々からも評価を得ていました。本日演奏する彼の世俗歌曲2曲のうち、「楽しい歌」は作曲者の死後1529年にアントワープで出版された音楽指南書にも含まれています。

全盛期のアントワープの楽譜出版をリードした存在がT.スザートです。彼のおびただしい出版楽譜の中でも特に人気を博したのが、フランス語のシャンソン集でした。時には洒落っ気たっぷりに、またある時にはそのままズバリの猥雑な内容を歌うことの多いシャンソンは、この時代の自由闊達さを余すところなく表しています。ハプスブルクのカール大帝のもとで活躍したC.カニスの「私の恋人は神様から贈り物をもらった」と、同時代のフランドル地方では最大の作曲家の一人であったJ.クレメンス・ノン・パパの「私の奴隷に来て」はともに、スザート編纂のシャンソン集から選びました。スザートは器楽曲の出版でも時代の先端を行っており、本日は彼の舞曲集から2曲をリュート用に編曲した形で演奏します。

一方、ルーヴァンに本拠を置いた出版業者P.ファレーズ(1505/10-73/76)は、スザートと長らくライバル関係にありました。スザートが亡くなってしばらく後、同名の息子がアントワープに移り、程なく舞曲集を出しているのも、抜け目のない商才をうかがわせます。ここから3曲をメドレーで演奏します。

A.ペフェルナーゲはアントワープ出身で、バルビローから約1世紀後に同じく大聖堂の聖歌隊長を務め、膨大な作品を残しました。N.フェニアンは北フランスからアントワープに移住し、音楽教師をするなどして生計を立てていたようです。彼はシャンソンに次いで人気ジャンルとなりつつあったイタリア語のマドリガーレも残しており、「ディアナはもう恋人でなくなった」はその一つ。ペフェルナーゲのモテット「天にまします我らの父よ」と併せ、アントワープ在住のリュート奏者E.アドリアンセン(c.1554-1604)によるリュート伴奏譜付きの版によってお聞きいただきます。

当時最大級の賛辞をもって讃えられたアントワープのG.ヒューウェットのファンタジアは、高名なリュート奏者J.ダウランド(1563-1626)の息子、R.ダウランド(c.1591-1641)の編纂になるアンソロジー集に収められています。下降する半音階を含む印象的な主題が全曲を支配する、極めて内容の濃い作品です。

P.ゲドロンの「それはマルスの神なのか」は、17世紀初頭の北ヨーロッパにおけるいわゆるヒット歌謡の一つで、これに基づく器楽の変奏曲が特にオランダ語圏を中心とする低地地方でたくさん生み出されました。本日お聞きいただくのは、その原曲です。

作者不詳の「アントワープのパッソメッツォ」は、カルヴァン派の神学者・哲学者であったA.J.スムート(1577/78-1646)が、ライデン大学在学中に記入を開始した大規模なリュートのための手稿譜に含まれる舞曲です。詩人で音楽家でもあったA.ヴァレリウス編纂の歌曲集所収の「誇り高き心」にも、副題として「アントワープのパッサメッツォ」の表記が見られることから、広く知られた旋律であったと思われます。同じくヴァレリウスの「私は悲しむ」は、前述のJ.ダウランドの歌曲「流れよわが涙(Flow my tears)」を、オランダ語の歌詞で歌ったもの。ヴァレリウスの詩には、オランダがスペインからの独立戦争を勝ち抜いた当時の機運が随所に反映されています。

G.G.ガストルディの「誰よりも美しいクロリス」は、事実上彼が切り開いたバレットというジャンルの音楽で、アントワープで出版された楽譜により北ヨーロッパにも爆発的に広まりました。親しみやすい旋律を持ち、最後にリフレインのように「Falala ファララ」の文句が付くのがお決まりのパターンです。歌ってよし、演奏してよし、さらには踊ってよしというバレットは、人々が大勢で集まって音楽を楽しむには、最高のツールでした。

主催:東京・春・音楽祭実行委員会 共催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団) 協力:日本音響エンジニアリング株式会社


※掲載の曲目は当日の演奏順とは異なる可能性がございます。
※未就学児のご入場はご遠慮いただいております。
※やむを得ぬ事情により内容に変更が生じる可能性がございますが、出演者・曲目変更による払い戻しは致しませんので、あらかじめご了承願います。
※チケット金額はすべて消費税込みの価格を表示しています。
※ネットオークションなどによるチケットの転売はお断りいたします。

(2018/03/18更新)

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