HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2017/02/12

アンドレアス・シャーガー(テノール)&リディア・バイチ(ヴァイオリン)
〜「Voice n’ Violin」の魅力

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

アンドレアス・シャーガーが、ジークフリートとは違う魅力でふたたび登場

 昨年、「東京・春・音楽祭」のハイライトとも呼べる楽劇《ジークフリート》で大きな話題を呼んだアンドレアス・シャーガーが、今年もこの音楽祭に出演する。といっても、今回はずいぶん違った雰囲気の公演になるだろう。ヴァイオリンのリディア・バイチ、マティアス・フレッツベルガー指揮トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアとの共演により、オペレッタを含む多彩なプログラムが組まれている。

アンドレアス・シャーガー

 楽劇《ジークフリート》で題名役を務めたシャーガーは、昨年の音楽祭最大の発見だった。そもそもこのオペラ、ジークフリート役を務めることができる一線級の歌手はきわめて限られているはず。そこにさっそうと登場したシャーガーは、この役のまぶしいほどの少年性を表現してみせた。輝かしい声と豊かな声量に加えて、あのフレッシュさ、若々しさと来たら。第2幕、森の鳥の声を解せるようになり、道が開けたところで、ほとんどガッツポーズ気味で「イェーイ!」と勢い込んで歌う様子は、これが「恐れを知らぬ若者」の物語であることを思い起こさせてくれた。そうそう、ジークフリートはこうじゃなきゃ!

 驚いたのは、そんなシャーガーがオペレッタ歌手の出身であったということ。オーストリアの農家に生まれ、大学で歴史学と神学を専攻した際、友人に誘われて合唱団に入ったことが、歌の道に入るきっかけだったという。「友人に誘われて行ってみたら、自分が有名になってしまった」というのはアイドル歌手が語るデビューのきっかけの定番だが、まさか同じようにしてワーグナー歌手が誕生するとは。もっとも、そこから世界的ヘルデンテノールになるまでの道のりは遠い。大学を卒業後、シャーガーは26歳で音楽大学に入りなおして、本格的に歌手の道を目指す。ヴァルター・ムーアに師事した後、12年間にわたって地方の劇場でオペレッタばかりを歌う生活が続いたという。

 その後、2013年にベルリン国立歌劇場の《ジークフリート》公演で代役として歌ったことが転機となって、次々と大舞台での活躍が続くことになった。昨年のバイロイト音楽祭では《さまよえるオランダ人》のエリック役、《パルジファル》の題名役(クラウス・フロリアン・フォークトの代役)で同音楽祭デビューを果たし、2017年と2018年も引き続き《パルジファル》を歌うことが発表されている。世界中の歌劇場からひっぱりだこといった様子だ。

一粒で二度おいしい「Voice n' Violin」のプログラム

リディア・バイチ

 さて、そんなシャーガーが人気のヴァイオリニスト、リディア・バイチとともに聴かせてくれる今春のプログラムは、きわめてバラエティに富んだ選曲になっている。「Voice n' Violin」と題され、声とヴァイオリンを両方いちどに、聴きたいものをなんでも聴かせてあげましょう!といわんばかりの「一粒で二度おいしい」プログラム。オーケストラ伴奏付きということもあって、華やかな公演になることはまちがいない。

 コンサートの核となるのはウィーン情緒を味わう名曲、ということになるだろうか。シャーガーの音楽的な「里帰り」とでもいうべきオペレッタ作品として、ヨハン・シュトラウス2世の喜歌劇《ジプシー男爵》から「小さいときに孤児になり」、レハールの喜歌劇《ジュディッタ》から「友よ、人生は生きる価値がある」、さらにはモーツァルトの歌劇《魔笛》から「なんと美しい絵姿」も歌われる。シャーガーとは世界各地でたびたび共演を重ねるリディア・バイチは、クライスラーの「ウィーン奇想曲~愛の悲しみ」他を奏でる。シャーガーもバイチも、さらに指揮のフレッツベルガーもウィーンで学んだ音楽家たち。本場育ちならではの雰囲気を醸し出してくれるはず。

(左から)フレッツベルガー バイチ シャーガー

 その一方で、ワーグナーの連作歌曲集《ヴェーゼンドンク歌曲集》も歌われ、「シャーガーのワーグナーをもっと聴きたい」という昨年からのファンの期待にこたえてくれる。こちらは本来マティルデ・ヴェーゼンドンクのために書かれた女声とピアノで演奏される作品。モットルの編曲によるオーケストラ版でもしばしば演奏されるが、男声によって全曲を聴くのは(ヨナス・カウフマンが歌ってはいるものの)貴重な機会といえるだろう。並行して書かれた《トリスタンとイゾルデ》の小さな姉妹編とでもいうべき、濃密な愛の音楽にどっぷりと浸かりたい。

 プログラムのおしまいに置かれるのは「ヨハン・シュトラウス2世のテーマによるファンタジー」。ぐっとハジけた楽しいステージになりそうな予感がある。シャーガーとバイチの芸達者ぶりを堪能したい。



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