HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2016/12/30

ようこそハルサイ~クラシック音楽入門~
危ういほど美しく、ハマると怖い? ――シューベルト

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)


 シューベルトって、どんな作曲家だろうか。

フランツ・シューベルト(1797-1828)

 歌曲王、美しいメロディをたくさん作り出した人、31歳で早世した作曲家、実は数少ないウィーン生まれの作曲家、内気そうな雰囲気の作曲家(想像だけど)......。いろんなイメージがわく。聴けば聴くほど好きになる作曲家、ともいえるかもしれない。派手ではないが、危ういほど美しく、ハマると怖い。たとえるなら「沼」。それがシューベルト。

 多作家という特徴も挙げられるだろう。その創作力の旺盛さには驚かされる。短命だったにもかかわらず、約600曲もの歌曲を残し、8曲の交響曲を作り上げ、20曲を超えるピアノ・ソナタを書いた。もし、創作年数を分母に、名曲数を分子に置いた「名曲量産指数」なるものがあったとしたら、シューベルトは音楽史のチャンピオンを狙えるはずだ。

 特にスゴい!と思うのは1815年、シューベルト18歳の年。この一年だけで、シューベルトは約140曲もの歌曲を量産した。とてつもない量産力である。しかも、数だけじゃなく、質が尋常ではない。あの学校の教科書でも出てくる代表作「魔王」 [試聴]や、だれもがどこかで耳にしたことのある「野ばら」 [試聴]もこの年の作品である。さらに歌曲以外に、ピアノ・ソナタ第1番 [試聴]、ピアノ・ソナタ第2番 [試聴]などピアノ曲を40曲近く、そして交響曲第2番 [試聴]や交響曲第3番 [試聴]、ミサ曲第2番 [試聴]、ミサ曲第3番 [試聴]まで書いている。18歳にしてこれだけ曲を書けると驚くべきなのか、18歳だから書けたというべきか、「ひとりカンブリア紀大爆発」と呼びたくなるほどの創作力である。

ピアノの前に座るシューベルト

 ここまでの大爆発は特別としても、シューベルトは毎年どんどん傑作を書きあげていく。精力的な創作活動は最期の年まで続いた。有名な歌曲集《冬の旅》 [試聴]、最後の三大ピアノ・ソナタ [試聴]/ [試聴]/ [試聴]は、そんな最晩年に書かれた大傑作。作品を聴く限り、そこには30代になったばかりのハツラツとした若者のイメージはない。むしろ孤高の境地に達したかのような、深く内省するかのような音楽というべきか。まるで常人の2倍も3倍も速い速度で人生を駆け抜けているような感がある。

 今回、「東京春祭 合唱の芸術シリーズ」で演奏される《ミサ曲》第6番 [試聴]は、まさに最期の年に書かれた作品だ。シューベルトの名曲といえば、まず歌曲やピアノ曲、交響曲など世俗的な作品を挙げる方がほとんどだろうが、もともと彼は宮廷礼拝堂の聖歌隊員の出身。最初期から宗教音楽を書いており、この分野は身近な創作ジャンルだったといえる。

 では、最後に書かれた《ミサ曲》は、どんな曲だったか。どんなに悲痛で諦観に満ちた音楽かと覚悟して聴くと、実は決してそうでもない。シューベルト特有の清冽な抒情性にあふれながらも、どこかベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》 [試聴]を思わせるような起伏に富んだドラマが伝わってくる。とりわけ輝かしい「グロリア」を聴くと、さっそうとした若者シューベルトの姿が思い浮かぶ。

 過去を振り返るというよりは、未来へと開かれた希望の歌。この曲はそんなふうに聴いてみてはどうだろうか。


【試聴について】
[試聴]をクリックすると外部のウェブサイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」へ移動し、プログラム楽曲の冒頭部分を試聴いただけます。



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