HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2015/12/15

リヒャルト・ワーグナー《ジークフリート》
~ストーリーと聴きどころ

文・広瀬大介(音楽学、音楽評論)

《ワルキューレ》から《ジークフリート》に至るまでの前史

 みずからの意に従わぬ娘ブリュンヒルデを罰したヴォータンの怒りから身を隠すように、ジークリンデは、亡き夫ジークムントの二つに折れた名剣ノートゥングを携え、ジークムントとの子どもを腹に宿したまま、ヴォータンの権力が及ばぬ森へと逃れた。傷ついたジークリンデを森の中で発見したのは、かつてニーベルング族を支配していたアルベリヒの弟、鍛冶屋のミーメ。ミーメはジークリンデをナイトヘーレ(妬みの洞窟)へと連れ帰る。

 やがてジークリンデは月満ちて息子を産むが、みずからを逃がすために盾となったブリュンヒルデから与えられた名前「ジークフリート」をミーメに言い残して息絶える。ミーメはこのジークフリートが勇者ヴェルズング族の血を引くことを心得ており、将来的に指環を大蛇から奪わせ、それを横取りしようと考える。ヴォータンは愛娘ブリュンヒルデを長い眠りにつかせた後、世間が自分の思惑通りの展開を見せるかどうかを見極めるため、さすらい人となって放浪の旅に出る。

第1幕:森の中の岩屋

 不吉な雰囲気を漂わせる前奏曲 《ワルキューレ》では純粋なハ長調で描写されていた剣の動機は、そのままの形で出てくるものの、和声は変ロ短調のまま。不協和な音が忍び込み、剣が本来のありようでないことを暗示する)。ミーメは大蛇(巨人ファーフナーが変身している)が持つ指環を、ジークフリートに奪わせようとしているが、大蛇を倒すために必要な名剣ノートゥングを、自分の技術(はんだで折れた破片をつなぎ合わせる)では元通りにすることができない。外で遊んできたジークフリートが帰宅。ミーメはノートゥングを慌てて隠し、別の剣を渡すが、ジークフリートの怪力であっさりと叩き折られてしまう。育ての親たる自分に感謝の気持ちを表さないジークフリートに、ミーメは哀れみを乞うような「養育の歌」を歌う わざと単調に構成されており、ジークフリートだけでなく観客も退屈さを催すように(!)計算されている)。ジークフリートは、普通父と子は姿が似るはずなのに、どうして自分とミーメは似ていないのかと迫り、自分がミーメの実の子ではないことを白状させる。本当の父の形見であるノートゥングのことを知るに及び、その剣を鍛えろとミーメに迫り、ふたたび外へと向かう。

 入れ違いに暖炉のそばで休息を求めるさすらい人がやってくる。その風貌から神々の長ヴォータンであることはミーメにも一目瞭然で、何とか追い返そうと冷たくあしらう。さすらい人は自分の「首」を賭け、ミーメが出す三つの問いに答えようと提案。ミーメは、地底・地上・天上に住まう種族の名を訊き、さすらい人はそれぞれにニーベルング族、巨人族、神々と正解を出す 答える際の開始音が半音ずつ上がる)。代わってさすらい人が出す問いは、ヴォータンの愛した種族、その種族にヴォータンが与えた剣の名前。ミーメはいずれもヴェルズング族、ノートゥングと答えを出すが、ではそのノートゥングを再び鍛えられるのは誰か、と問われ、ミーメはパニック状態に。さすらい人は「怖れを知らぬもの」が剣を鍛えられる、という謎めいた答えを与え、ミーメの命はそのものに預けようと言い残し、その場を去る。

 一人取り残されたミーメは林の中で燃える炎の幻覚に怯える ミーメが抱く怖れの感情と、炎・ローゲのモティーフがここで結びつけられる)。やがて戻ってきたジークフリートに、ミーメはその怖れを教えようとするが、いっこうに要領を得ない。「怖れを知らぬ」ジークフリート ブリュンヒルデの「まどろみの動機」が登場し、「怖れ」を学ぶ相手がミーメや大蛇ではなく、ブリュンヒルデであることを暗示)は業を煮やし、ついに自ら剣を鍛え始める。やすりで剣を粉々にし、炎でその粉を溶かし、新たに剣を鍛える様子を横目で見ながら、ミーメは大蛇を倒した後のジークフリートを毒殺するための薬を調合し始める。ジークフリートは剣を完成させ、鉄床を二つにたたき割って、その驚くべき切れ味を見せつける (1)剣の破片を粉々にする「仕事の動機」、(2)鉄粉を溶かす「ノートゥングの動機」+「溶解の歌」、(3)鉄片を鍛え、冷やし、剣に仕上げる「鍛冶の歌」)

第2幕:深い森の中

 大蛇の住まう洞窟の前で、指環を奪還すべくその動向をうかがい続けるアルベリヒのもとに、さすらい人が登場。ヴォータンだと一目で見破ったアルベリヒは積年の恨みを爆発させるが、さすらい人は、「ミーメとジークフリートがやってきて大蛇 ファーフナーの変身している姿であることが、巨人の動機によって示される)を倒そうとしているので、大蛇にあらかじめ教え、その礼に指環をせしめてはどうか」などという助言まで与え、アルベリヒを驚かす。アルベリヒによる大蛇への説得は不調に終わるが、指環への執着をあらためて顕わにする。

 ここで「怖れ」を学ぶことができる、と、ミーメに連れられてやってきたジークフリートは、ミーメを早々に追い払う。一人きりで森の小鳥の声に耳を澄ませ、葦笛で会話を試みるがうまくいかず 寸詰まりなオーボエの音)、角笛で仲間を呼び寄せようと吹き鳴らし、眠る大蛇のほうを起こしてしまう。大蛇はジークフリートを丸呑みしようとする。ジークフリートは大蛇の心臓に首尾よくノートゥングを突き立てる。なぜ自分を呑もうとしたのか、ジークフリートは大蛇の来歴を訊ねるが、要領を得ぬまま大蛇・ファーフナーは息絶える。剣を引き抜いた際の返り血を口に含むと、突然さっきは聴き取れなかった小鳥の言葉を解せるようになり、その助言に従って洞窟へ降りていく。

 アルベリヒ、ミーメ兄弟が、洞窟の前で鉢合わせし、指環を巡って醜い争いを繰り広げる。やがてジークフリートが、小鳥の言葉に従って隠れ兜と指環を持って帰ってきたことに二人は驚愕。ミーメはジークフリートに近づき、指環をせしめるために騙して毒薬を飲ませようとする。ジークフリートはミーメの本心が聴こえてしまうことに耐えられず 小鳥の動機によって伴奏されることで、小鳥がミーメの本心を教えてくれていることを暗示する)、ついにミーメを手にかける。嫌っていたとはいえ、育ての親を殺してしまった罪悪感に苛まれ、この後どうするべきか思い悩んでいると、森の小鳥が再び現れ、岩山の頂上で最強の勇者を待つ花嫁がいることを告げる。ジークフリートは喜び勇み、その岩山へ向かって旅に出る。

第3幕:第1・2場《ワルキューレ》第3幕に登場した岩山の麓、第3場:岩山の頂上

 さすらい人は今後の世界の展望を訊くため、地底深く眠るエルダを起こし、その託宣を求める。エルダはさすらい人自身が生んだ世の矛盾(ブリュンヒルデに反抗を教えながら、その反抗した娘を罰した)の顛末を聞くが、それを理解できずに困惑する。さすらい人は神々の世界の没落を望み、世界を統べる役割をジークフリートに譲るのだ、と宣言。自らの叡智が役に立たないことを悟るエルダは、静かに地底へと戻る。

 森の小鳥の導きでやってきたジークフリートは、初めて出会うさすらい人の正体を(アルベリヒやミーメのようには)見抜けない。自分が大蛇を殺し、指環を得て、岩山の女性に求婚しに行くことを無邪気に物語るジークフリート。さすらい人は神としての威厳を見せようと、岩山へ行く道を塞ごうと試みるが、自身の槍をノートゥングで叩き折られ、諦めとも、安堵ともつかぬ調子でその場を離れる 神々の権力を他者に強いる、トロンボーンの威圧的な下降音型による契約(=槍)の動機は、エルダとの会話で歪み、ジークフリートに槍を叩き折られた後で完全にその効力を失う)。一方のジークフリートは意気揚々と、岩山の周りで燃えさかる炎をものともせずに駆け上る。

 岩山の頂上で、鎧に守られた女がひとり横たわり、眠っている。それが誰かを知らないジークフリートは、鎧を結ぶ鎖を剣で断ち切る。鎧をとると、横たわる人間が女性であることを知り、初めて「怖れ」を覚える。怯えながらもその女性に口づけると、女ははじめて目を覚ます。目の前にいる勇者がジークフリートであることを知ったブリュンヒルデは、ヴォータンに願った希望(最強の勇者だけが自分に求婚できるようにする)が叶えられたことを喜ぶ。その一方で、いまや神としての力を失い、ただの弱い女になってしまったことに不安を抱き、ジークフリートの求愛を拒もうとする 『ジークフリート牧歌』の冒頭主題となったモティーフがここで登場)。だが、次第にブリュンヒルデはジークフリートの情熱に屈し、高らかに「晴れ晴れとした死」の日を歌い上げ、彼との愛におぼれる。



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