春祭ジャーナル 2015/02/05
アーティスト・インタビュー
~エギリス・シリンス(バス・バリトン)
ワーグナー歌手として世界中の劇場から引く手あまたのバス・バリトン、エギルス・シリンスが、昨秋に《パルジファル》出演のため日本に滞在しました。東京春祭2014《ラインの黄金》に続き、今年の《ワルキューレ》でもヴォータンを歌うシリンスに、《ラインの黄金》の手ごたえ、次回《ワルキューレ》への意気込み、同作におけるヴォータンの特色などについて訊きました。

『ニーベルングの指環』第1日《ワルキューレ》
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日本の春は桜満開で美しい季節ですが、秋も過ごしやすくていいですね。秋はいつもこんなに天気が良いのですか?今朝目覚めたら、宿泊先の部屋から富士山がクリアに見えました。
《パルジファル》で新国立劇場にデビュー

"アムフォルタスの登場時間"は確かに短いものの、全体のストーリーを牽引するのが彼の苦悩です。これを歌唱と演技を通して短時間で印象付けなければいけない点が、アムフォルタスを演じる難しさであり、面白さでもあります。チャレンジングであったのは、アムフォルタスの最初の歌唱です。可動式の、ごく細長いセットに寝そべったままゆっくりと舞台に登場し、その後に歌いだすという流れでしたので。
聴衆と近しい関係を築くことのできる演奏会形式
あらゆる感情が濃縮された「ヴォータン」

演奏会形式の場合は何といっても音楽に集中できます。演技がともなう舞台形式とは異なる視点から、ワーグナー作品への理解を深めることができます。さらに、心理的にも身体的にも、聴衆により近い位置で演奏することができます。舞台上から直に感じる聴衆の反応が、演奏にも多分に反映されます。春祭2014での《ラインの黄金》は、その様な演奏会形式の良さが前面に押し出されたために、多くの方から高評価を頂けたのではないかと思っています。ワーグナー演奏の大家であり、演奏会形式でのワーグナー作品の指揮経験も豊富なマエストロ・ヤノフスキから、緻密なアドバイスと多くのインスピレーションをいただきました。

《ワルキューレ》においては、ヴォータンが神々の支配者でありながら、父であり夫でもあるという点が強調されています。神という、人間を超越したパワフルな存在でありながら、ブリュンヒルデの父、ジークムントの父、フリッカの夫として、非常に人間的な――人間臭いともいえる――感情に翻弄されます。その様な状況から生まれる矛盾や、彼の迷い、折々にみせる繊細さには、興味深いものがあります。《ワルキューレ》でヴォータンを歌うということは、怒りや苦悩をはじめとするあらゆる感情を表現する、ということだと思っています。

このあと東京を離れてすぐに、北京で《エレクトラ》のオレストを歌います。年明けの来日前のハイライトは、ライプツィヒ・オペラでの《ワルキューレ》(ヴォータン)と、デュッセルドルフのライン・ドイツ・オペラハウスでの《さまよえるオランダ人》(タイトル・ロール)です。"オランダ人"は10年以上演じていて、様々な演出を経験しているので、思い入れのある役どころです。

音楽とワーグナーを愛する皆さまへ。音楽都市=東京で毎年1作ずつ『ニーベルングの指環』を上演するという壮大なプロジェクトに関わることができ、幸運に思っています。
私にとっては、《ラインの黄金》から《ワルキューレ》を経て《ジークフリート》に至るまで、毎回、ヴォータンの異なる立場や心境を表現し分ける、難しくもエキサイティングなチャレンジです。次回は皆さまと、ヴォータンの多様で複雑な心境の変化を共有できましたら幸いです。楽しみにしております!
~関連公演~
~エギリス・シリンスからのメッセージ(You Tube)~
