HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/02/27

アーティスト・インタビュー
~小倉貴久子(ピアノ)

時代の異なるピアノを並べてお届けする小倉貴久子さんのレクチャー・コンサート。それぞれのピアノの魅力についてお話を伺いました。


小倉さんとグラーフ社のフォルテピアノ
KikukoOgura.png 《午前11時》の音楽会 vol.4
ピアノの歴史探訪~小倉貴久子 ~ワルター、プレイエル、スタインウェイ

clm_q.png  最初に登場するワルターについて教えてください。
ワルターはウィーンで18世紀末に最も人気のあった楽器製作者です。幼少期にチェンバロを演奏していたモーツァルトとベートーヴェンがそれぞれウィーンに出て来てから演奏した楽器として知られています。モーツァルトがウィーンへ出て来た頃はチェンバロが主流だったバロック音楽がピアノのための音楽に塗り替えられていく時代でした。そのため、表現方法はチェンバロから受け継がれていることがとても多い楽器なのです。
ハンマーヘッドが現代のピアノに比べてとても小さく、材質もフェルトでなく鹿革なので音色がはっきりしている点が大きな特徴で、こういう楽器を通してウィーン古典派の軽やかでクリアなサウンドが生まれた、ということを実感して頂けると思います。
また、ワルターは現代のピアノに比べると大音量が出ないので、最初はよく聴こえない!と思われたりすることもあるんです。ですが聴いていくうちに耳がその音のサイズにジャストフィットしていきます。小さい音に慣れてくると、ベートーヴェン自身がイメージしていた情熱がそのまま楽器に投影され、楽器の可能性をフルに活かして作曲されたということがとてもよく分かるようになります。

clm_q.png   ベートーヴェンは楽器の良さを知っていて、そして作曲をしていたということですね。
はい。ベートーヴェンはその時代のピアノの性能を熟知していて、ウィーン式アクションのワルターだけでなくエラールなど現代のピアノに通じるイギリス式アクションの長所も楽器製作者に伝えていました。18〜19世紀中頃までのピアノはどんどん進化していき、ベートーヴェンとともに歩んだ歴史ということでもあるんです。例えば、ワルターは膝レバーですが、ベートーヴェンがワルトシュタインを作曲するインスピレーションを得たエラール社から贈られた楽器は足ペダル。足ペダルを気に入ったベートーヴェンは早速懇意の製作者シュトライヒャーに伝えてウィーンのピアノも足ペダルを装備するようになるという逸話も残っています。ベートーヴェン自身は生前ウィーン式とイギリス式どちらも使用していましたが、ウィーン式アクションのピアノは、1910年頃のベーゼンドルファーを最後に姿を消してしまいます

clm_q.png   次に登場するプレイエルはイギリス式アクションですね。
プレイエルはショパンが愛した楽器としてよく知られていますが、ポーランドではウィーン式を弾いていて、ウィーンでのデビューコンサートで弾いたグラーフ社のピアノもウィーン式でした。その後パリでイギリス式に出会うのですが、当時の2大楽器作社であるプレイエルとエラールのうち、プレイエルがよりウィーン式に近い楽器とショパンは言っています。エラールはプレイエルに比べると指の負担がかからずにヴィルトゥオーゾ性のあるトリルなどが演奏しやすい反面、構造が複雑なためにピアノを弾くときのタッチがハンマーに伝えられる間に介在するものが増えてしまう、つまり音の伝わりが少し遠くなってしまうのです。
ショパンはどちらの楽器も演奏していましたし、疲れている時でもエラールのピアノはいつでも良い音を出してくれると評価しています。しかし、滑らかなカンタービレの奏法や本当の心の微妙な機微を表現するのは、タッチがよりダイレクトにピアノに伝わるプレイエルだと言っています。

clm_q.png   一見とても小さな違いでも、ショパンには大きな違いだったのでしょうね。
そのプレイエルではショパンに加えてフィールド、カルクブレンナーの作品も取り上げますね。

フィールドはショパンの憧れの人でノクターンの創始者と言われています。フィールドはペダル芸術が素晴らしかったと伝えられており、プレイエルで演奏するとなんとも言えない味わい深い作品です。カルクブレンナーは演奏機会の少ない作曲家ですが、やはりショパンの憧れの人。ベートーヴェンのように、カルクブレンナーもプレイエル社の相談役のような、楽器製作者と密接な関係のあった作曲家で、ピアニストとしての立場からさまざまな助言を行っていました。楽器を熟知していた、という点でもカルクブレンナーの作品もお楽しみいただけると思います。
そして現代の銘器であるスタインウェイでは「クープランの墓」で、現代のピアノで音色の違いなども堪能してもらいたいと思います。

clm_q.png   作品が生まれたピアノで聴くことは、その時代をリアルに楽しむことができますね。
留学時代にベートーヴェンを勉強していたときにフォルテピアノで弾いてみたら「こういう風に音を出そう」「こういう風に弾いてみよう」と現代ピアノで工夫していたことが、そのままそこにあったのです。作品と楽器がとても密接であることにとても驚いて、そして面白い世界にはまってしまいました。作品と楽器というのは同じ価値観を共有しているものでもあると思うのです。
いらっしゃる方にも、私が感じた興味深い世界をお伝えしたいと思っています。歴史の勉強というよりも200年前にタイムスリップしてその時代の空気を味わっていただく、またピアノを勉強しているお子さんには、いま習っている音楽はこの時代の音楽なんだ、と感じてもらうきっかけになればと願っています。


~出演公演~

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