HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2016/03/14

アーティスト・インタビュー
~タラ・エロート(メゾ・ソプラノ)

文・小林伸太郎(音楽ジャーナリスト)

 この3月25日、東京・春・音楽祭の歌曲シリーズで日本デビューを飾る、アイルランドはダブリン出身のメゾ・ソプラノ、タラ・エロート。ライジング・スターとして、今クラシック音楽界で最も注目を浴びている歌手の一人である。

タラ・エロート

 「アイルランドには豊かな音楽の歴史がありますが、私もクラシックに限らず、本当に色々な種類の音楽に囲まれて育ちました。今でもアデーレからフランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルドからジェシー・ノーマン、なんでも聴きます。ジムで疲れた時は、ジェシー・ノーマンの歌う『タンホイザー』の歌の殿堂のアリアを聴いて、イェーイ!って元気を出したり(笑)」

 家族が全員弾くということで、4歳からヴァイオリンを弾いていたという彼女だが、ロックやポップスの「大人の歌」を大声で歌う彼女に、年相応の歌を歌ってほしいと願った両親が、10歳だった彼女を歌のレッスンに連れて行ったことが、現在の彼女につながる歌との出会いとなった。

 「初めて習ったのが、アイルランドの詩人、トマス・ムーアの『夏の名残のばら』でした。子供心にすごく悲しい歌だと思いました。それでも、私自身がその悲しさに取り憑かれてはいけないんですね。(歌手として)私の最も大切で唯一の仕事は、聴衆にストーリーを伝えることだということを、この最初のレッスンで学んだのです」

 ストーリーテリングといえば、アイルランドには、様々な伝承文学からジェイムズ・ジョイスのような文豪まで、豊かな伝統がある。

 「素晴らしいストーリーを伝えると、人々を幸せにすることができることを、アイルランド人は知っています。それは、私たちの血の中にあるものなのです。ヴァイオリンを弾くと(何かを伝えようとして)、私は体を動かしすぎでしたが、歌には言葉があることが魅力です。言葉があるからストーリーテリングが簡単になる訳ではありませんが、歌は聴衆に、もっと特別な意味のある形でストーリーを伝えることができると思うのです」

 21歳のときにバイエルン国立歌劇場の研修所メンバーとしてミュンヘンに居を移し、その後同歌劇場の専属歌手となってから、今シーズンで6シーズン目となる。バイエルンでは、2011年にベッリーニ《カプレーティとモンテッキ》のロメオ役を、わずか5日間の準備で代役として歌って大成功させ、世界的に注目される。

 ここ数年は、バイエルンのみならず、グラインドボーンにシュトラウスの《ばらの騎士》オクタヴィアン役でデビューしたり、ウィーンでロッシーニの《チェネレントラ》の新演出上演に出演したりと、外部の大きな契約が増えている。この夏には、サルツブルク音楽祭にグノー《ファウスト》のシベール役でのデビューも控えている。しかし専属歌手の生活は非常に忙しいものになりがちで、バイエルンの義務を果たしながら、こういった大きな契約をこなすのは、非常にタフではないかと想像してしまう。

 「ミュンヘンという街は、若い歌手を育てようとする意識の高い、素晴らしい場所です。例えば2011年に歌ったロメオ役は、声楽的に当時の私にはまだ早すぎる役でしたが、バイエルンのお客様はそれを理解した上で、応援してくださいました。今のところ、新しい役のほとんどはバイエルンで初めて歌っています。それに(専属を続けながら)外部出演をさせていただくという点では、私はとても恵まれてきました。バイエルンを離れる日はやがて来るでしょうが、それでもバイエルンが私の『ホーム』であることは、一生変わりません」

 バイエルンでは、今年の6月1日から8日にヴェルディ《ラ・トラヴィアータ》のフローラを歌い、そのわずか3日後にはモーツァルト《フィガロの結婚》のスザンナを初めて歌う。そんなスケジュールの大変さよりも、新しい役を歌うという喜びの方が、今の彼女には遥かに勝るようだ。彼女にお話を伺った昨年の11月の末も、モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》のデスピーナを初めて歌った契約と、カーネギー・ホールでのデビュー・リサイタルという、これまた非常に大きな契約の狭間であったが、どちらに対しても「とても心地よく、楽しかったです」「待ちきれないくらい楽しみです」といった感じで、どこまでもポジティブだった。

 華やかなオペラでの活躍に加え、数年前にはキャリアの3分の1をリート・リサイタルに捧げることに決めた。日本でのデビューが、親密なリサイタルとなることが、とても嬉しいという。

ボストンでのリサイタルにて

 「リサイタルは、ピアニスト以外にはオペラのように共演者がいません。役に書き込まれたキャラクターもありません。ロジーナとしてでもなく、チェネレントラとしてでもなく、タラ・エロートとしてお客様にストーリーを伝えなくてはならないのです。リサイタルはまた、お客様にアーティストとして知っていただく機会としても素晴らしいですし、アーティストにとっても自分自身に向き合える素晴らしい機会となります。リサイタルでの経験を持ち込むことによって、オペラやオーケストラ・コンサートも、さらに深まると思います」


~タラ・エロート(メゾ・ソプラノ)出演公演~

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