HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2016/01/04

次世代の古楽リーダー リチャード・エガー

文・後藤菜穂子(音楽ジャーナリスト)

英国出身の鍵盤楽器の名手

リチャード・エガー

 15年ほど前のこと、初めてリチャード・エガーの演奏に接した時、彼は主としてチェンバロ奏者として活躍していた。ゲッティンゲンのヘンデル音楽祭でのソロ・リサイタルだったと記憶しているが、エネルギッシュかつ重厚な音楽作りで、従来の英国のチェンバロ奏者たちとは少しタイプが違うという印象を抱いた。

 その頃彼は、大学時代の仲間でもあるバロック・ヴァイオリンのアンドリュー・マンゼとデュオを組んでいて、これは最高のコンビだった(来日もあり)。ビーバー、パンドルフィなどのイタリア初期バロック、バッハ、ヘンデルなどたくさん聴いたが、いつもお互いに触発し合い、自在で刺激的な演奏を繰り広げてくれた。今では二人とも演奏より指揮中心のキャリアにシフトしているのは興味深い。

 前回のレオ・フセインについての拙記事でも述べたが、英国の指揮者にはケンブリッジ大学出身者が多く、エガーもその一人だ。彼は幼少期をイングランド北部のヨークで過ごし、父親は鉄道関係の仕事をしていて、家族には音楽家はいなかったそうだが、6歳でピアノを始める。そして8歳の時にヨークの大聖堂の聖歌隊に入り、毎日礼拝で歌うことで、「パレストリーナからストラヴィンスキーまで幅広いレパートリーに親しんだ」という。その後マンチェスターのチータム音楽学校でピアノとオルガンを専攻、ケンブリッジ大にはセント・クレア・カレッジのオルガン・スコラー(オルガン奨学生)として進学した。

 以前インタビューで語っていたが、オルガン・スコラーになるとチャペルが自由に使えるので、礼拝での奏楽以外の時間に、仲間たちといろんな音楽を試すことができたという。そうした中でチェンバロおよび古楽にも出会い、マンゼら友人たちとバロック音楽のレコードを聴きあさり、とりわけアーノンクールのバッハのカンタータ集に影響を受けたそうだ。卒業後はアムステルダムでレオンハルトにチェンバロを師事し、大陸の古楽の潮流にも触れていった。一世代前までは、英国とオランダの古楽界の間には溝があったのだが、エガーは両方の良さを吸収してきたと言えるだろう。

指揮者としての活躍

 チェンバロ奏者としての演奏活動と並行して、早くから指揮者としても各地の古楽グループや室内オーケストラに客演し、活動の幅を広げてきた。そうした業績が評価されて、2006年にはホグウッドの後任としてエンシェント室内管弦楽団(Academy of Ancient Music)の音楽監督に抜擢され、一躍注目を浴びた。それからもうすぐ10年になるが、ダイナミックなリーダーシップをもって、モンテヴェルディのオペラ・シリーズから初期ロマン派の交響曲まで意欲的なプログラムを取り上げ、海外公演も積極的に行なってきた。特に合唱出身のバックグラウンドを生かして、バロックや古典派の合唱作品に力を入れている。演奏スタイルは基本的にチェンバロの弾き振りだが、ホグウッド時代の上品で明朗なアンサンブルにくらべ、より起伏に富んだドラマティックな音楽作りが特色だ。彼自身、学究的でドライな演奏を好まず、バロック音楽はより自在に情熱をもって演奏すべきだとつねに主張している。

 あまり知られていないかもしれないが、彼はモダン楽器のオーケストラも数多く指揮しており、スコットランド室内管弦楽団のアソシエイト・アーティストを務めるほか、2013年よりオランダのハーグ・レジデンティ管弦楽団の首席客演指揮者に就任。アメリカでの活動も多く、フィラデルフィア管、ボストンのヘンデル&ハイドン・ソサエティなどを指揮している。

 今回の東京春祭では、初顔合わせとなる紀尾井シンフォニエッタ東京と弾き振りによるバロックの名曲プログラム。英国のバロック時代を代表するパーセルとヘンデルの名作が並び、特にバロック・ファンでなくても十分に親しめる内容となっている。オペラ・アリアでは、阿部早希子(ソプラノ)と藤木大地(カウンターテナー)という旬の日本人のバロック歌いとのコラボレーションが注目される。さらには《水上の音楽》組曲などヘンデルのおなじみの管弦楽曲では、躍動感あふれるアンサンブルが期待できるだろう。エガーの活気に満ちた情熱的なアプローチは聴く者の心に力強く語りかけてくれる。



~リチャード・エガー(指揮)出演公演~

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