HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2014/12/10

リヒャルト・ワーグナー《ワルキューレ》
〜ストーリーと聴きどころ

文・広瀬大介(音楽学、音楽評論)

《ラインの黄金》から《ワルキューレ》に至るまでの前史:

 エルダによる預言の数々が的中したことに驚いたヴォータンは、地底までエルダを追いかけて強引に関係を結び、ブリュンヒルデを筆頭とする9人の娘をもうける。ヴォータンはこの娘たち・ワルキューレ(戦乙女)に、命尽きた英雄たちをヴァルハラ城へと連れてこさせる。この英雄たちに城を守らせ、将来のアルベリヒの反撃から自らの城を守ろうと考えたのである。

 またヴォータンは、巨人たちに奪われた指環を奪い返すため、人間族に自分と血のつながった英雄を生み出し、その英雄が指環の持ち主となって神々と共存する、という案を考えつく。狼の姿となって地上に降りたヴォータンは、ヴェルゼと名乗り、人間の女に双子の兄妹を産ませ、その血族をヴェルズングと名付ける。だが、その兄と妹は戦いで生き別れとなり、妹はナイディング族のフンディングと結婚させられる。

 放浪する兄は、結婚を強要されている(妹とは別の)娘を救ってやろうと、その男たちを殺してしまうが、生き残った一族によって娘も殺され、兄はその場を逃れる。フンディングはこの復讐に呼ばれ、その場に駆けつけるが、すでに犯人はその場を逃げ去っていた。

第1幕:

 フンディングの家。逃げてきた男は、一軒の家へと転がり込む。家に暮らす女は、男を警戒しながらも水と酒を与える。お互いの姿を認め合ったふたりは、熱い眼差しで互いを見つめ合う。 独奏チェロが主導する、室内楽的で甘美な音楽)

 そこへフンディングが帰宅。訪れた男が、自らの妻によく似ていることに内心驚きつつも、一夜の宿を貸すからには、自分が何者かを名乗るよう迫る。やがて自らの冒険を語る目の前の男が、先ほどまで討ち果たさんとして探し回っていた男であることに気づく。フンディングは「武器を持たずに逃げ込んだ男には一夜の宿を貸すという仲間の掟に従うが、明日は勝負せよ」と伝え、部屋に鍵をかけてその場を立ち去る。

 男は、昔父親が、万策尽きた時にはきっと剣が与えられるだろう、と約束していたことを思い出す。 父親の名前「ヴェルゼ」を二度叫ぶ箇所は、同役の聴かせどころのひとつ) 月明かりに照らされて、トネリコの木に刺さった剣が光るが、何が光っているのかはわからない。

 やがてフンディングの妻が戻る。驚く男に対し、妻は「フンディングの寝酒には眠り薬を入れた。この日が来るのをずっと待っていた。自分を解き放ってほしい」と熱く訴える。扉が開き、月明かりとともに春の訪れを感じるふたり。
 「春の嵐は過ぎ去り」) 語り合ううちに、互いが生き別れになった兄と妹であることを悟る。兄は自らをジークムントと名付け、妹も自らをジークリンデと命名。ジークムントはトネリコの木から、ノートゥングと命名した剣を引き抜き、ジークリンデと結ばれる。

第2幕:

  第2幕冒頭の音楽は、フンディングの館からの兄妹の逃避行。後にふたりが登場する場面でも再現される) 岩山。ヴォータンはブリュンヒルデに、ジークムントの勝利を支援するように命じる。

 羊が引く車に乗ったフリッカが登場。 オーボエの音色が、喘ぐ羊の様子を描写) 妻を奪われたフンディングに願をかけられたため、その味方をするようヴォータンに迫る。兄と妹が関係を結んだこと自体、結婚の神フリッカには堪えられない。ヴォータンは、ジークムントを斃すことに無理矢理同意させられる。

 深い絶望感にとらわれるヴォータンはエルダとの邂逅、ブリュンヒルデの生い立ちなどを娘に語り、自分の計画が無に帰すならば、いまや望むのは「世界の終焉」と叫ぶ。驚いたブリュンヒルデは、何とか父を翻意させようとするが、ワルキューレは自分の手足となって動けばよい、と考えるヴォータンの逆鱗に触れる。

 フンディングの館から逃れてきた兄妹。疲労の限界に達したジークリンデは、その場で倒れてしまう。ブリュンヒルデはジークムントに対し、ワルキューレの姿を見た人間は死なねばならないが、ジークリンデはまだこの世で生きねばならない、と告げる。無情な神々の決定をなじるジークムントの必死の訴えに、ブリュンヒルデも心を動かされ、父親の意に逆らうことを決意。

 ジークリンデがひとり目覚めると、遠くでジークムントとフンディングが戦っている。ヴォータンが現れ、ジークムントのふるう剣ノートゥングを砕き、フンディングはジークムントを深々と刺し貫く。 ジークムント殺害時の音楽は、後に《神々の黄昏》「ジークフリートの葬送行進曲」で再現され、ヴェルズングの終焉を描く) 絶望で倒れるジークリンデをブリュンヒルデは助けつつ、ノートゥングの破片を拾い、その場を離れる。フンディングに死を与えたヴォータンは、娘ブリュンヒルデの背信に激怒し、その後を追いかける。

第3幕:

 第2幕とは異なる岩山。ワルキューレたちは戦死した英雄たちを、ヴァルハラ城に連れて行く前にいったんここに集めている。 『指環』全曲においてもっとも有名な「ワルキューレの騎行」) そこへ、ブリュンヒルデがジークリンデを連れて逃げてくる。絶望に駆られたジークリンデは、自ら死を選ぼうとするが、その胎内にジークムントとの新しい命が宿っていることを告げられると、俄然生きる気力を取り戻す。ブリュンヒルデはジークリンデにノートゥングの破片を、そして、やがて生まれる子供に「ジークフリート」という名を与え、東の森へと逃がす。 ジークリンデが歌う救済のモティーフは、全曲の中でほとんど登場しないが、《神々の黄昏》の最後の大団円に至ってようやく登場する、もっとも重要なモティーフのひとつ)

 追いついたヴォータンは、ブリュンヒルデの数々の罪状を並べ立て、ブリュンヒルデの神性を剥奪し、通りすがりの男のものになる、という罰を与える。父の激しい怒りの前に逃げ去るワルキューレたち。とはいえ、ヴォータンは、みずからの本当の意向に従ったブリュンヒルデに、父としての愛情を抑えきれない。娘の必死の懇願に折れ、「ブリュンヒルデを得るものは、この世でもっとも強い男」たるよう、炎の壁で娘を守ることを決意。 当然この箇所には、その実体たるジークフリートのモティーフが充てられる) ヴォータンはブリュンヒルデの眼に口づけて眠らせ、火の神ローゲを呼び出して、岩山の周りを炎で包む。「我が槍の穂を怖れる者、この火を超えることなかれ!」と宣言し、自らの権力の黄昏を予感しつつ、ヴォータンは岩山を立ち去る。 槍、まどろみ、ローゲ、ジークフリートのモティーフが重なり合う幕切れは、精緻にして美しい、ワーグナー随一の名旋律)


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