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リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.1 《リゴレット》 開催レポート Part 4

東京・春・音楽祭15周年を機に始動した巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。8日間に亘った今春の第一回目のアカデミーでは、ヴェルディの《リゴレット》を題材に連日ムーティによる熱き指導が繰り広げられました。オーディションを通過した指揮受講生、音楽を学ぶ聴講生、そしてオペラを愛する一般聴講生らに向けて行われた本アカデミーの模様を、音楽ライターの宮本明氏にレポートしていただきます。
Part 4は若手ソリストたちの指導の模様と、4月2日にアカデミー生向けに行われたトスカニーニ研究の第一人者ハーヴェイ・サックス氏の講演会の模様から。

文・宮本 明(音楽ライター)

リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」は、巨匠ムーティが、次世代を担う若い指揮受講生たちに、イタリア・オペラの真髄を伝承しようという教育プロジェクトだが、2015年からイタリア・ラヴェンナで開いている「本家」はもう少し規模が大きくて、指揮だけでなく、歌手やコレペティトール(稽古ピアニスト)の受講生たちもいる。東京にはそれがないわけだけれど、キャスティングされた、すでにヨーロッパの歌劇場での経歴が並ぶ若いプロフェッショナル歌手たちのリハーサルもまた、指揮受講生たちに負けないぐらいに妥協のない、なかなかの愛のムチだった。

とくにその洗礼を浴びたのは、マントヴァ公爵役のジョルダーノ・ルカ(テノール)と、ジルダ役のヴェネーラ・プロタソヴァ(ソプラノ)だ。
初日からいきなりピシャリとやられたのはルカ。歌手リハーサルは第3幕から始まったので、しょっぱなが彼のカンツォーネ〈女は気まぐれ(女心の歌)〉(第11曲)だった。
「この歌の歌詞は、現代では上演禁止になりそうなひどい内容で、女性差別的です。それが公爵の正体なのです。だからもっと皮肉っぽく、気持ちポルタメントをかけてみましょうか」
「オーケー!」
「オーケー? イタリア人なのに、なぜ英語なのですか? Si!でしょう? 言葉は大切にしましょうよ」
たしかに。歌手に対してはイタリア語でレッスンしていたのだし。
昨年亡くなった人間国宝の文楽の太夫、竹本住大夫さんが、「最近の若い者たちは楽屋で平気で標準語を話す。文楽は語りも三味線も大阪弁のイントネーションでできているから、つねに大阪弁で話さなければいけないのだ」と(もちろん大阪弁で「あきまへんのや」と)嘆いていたのを思い出した。かつて当たり前だった芸の伝統が、グローバル化で失われる危機にあるのは洋の東西を問わず共通なのだろう。
1988年ローマ生まれのルカは、16歳のときにカーチャ・リッチャレッリによって見出されたという有望株で、カーディフの声楽コンクールやドミンゴの「オペラリア」コンクールの入賞歴がある。マントヴァ公も、すでにパルマのレージョ劇場などで何度も歌っている役だ。それなのに、いや、それだからこそなのだろう、今回ムーティが最も問題視する「イタリア・オペラの悪しき伝統」が身についてしまっているようだった。繊細で自然な美声なのだけれど、高い音を楽譜にないルバートをつけてたっぷり目に歌ったりして、ムーティに何度も直されていた。「あー、そういうふうに歌ってると、またムーティの雷が落ちるよ……ほら、やっぱり!」ということがたびたび。たぶん無意識にやってしまうのだろう。そして、だからこそムーティが問題にするのだ。
「あなたのせいではないのかもしれませんね。わたしの同業者たちが間違ったことを教えたのでしょう」
ムーティ、皮肉がうまい!
そしてローマ生まれのルカでも、イタリア語の発音を細かく修正される。
「その歌詞は No、noですよ。あなたのはNonno(おじいさん)に聞こえる。わたしがおじいさんに見えるからですか?(笑)」
もちろん、欠点を指摘するだけではないのがムーティのうまいところ。
「もう少しpで、疲れたイメージで歌ってみましょうか。あなたは弱声が美しいのだから」
アメとムチの人心掌握術。

一方のプロタソヴァ。イタリア・ネイティヴの歌手たちが言葉を直されるのだから、タジキスタン生まれでロシア国籍の彼女がイタリア語で引っかかるのは無理はない。ちょくちょく止められていた。
「cielo(空)をcielloと発音しないでください。それではuncello(小鳥)みたいです。それを直さないと、わたしもパスポートを取り上げられてしまいますよ。なぜ直さなかったのか!ってね」
さらにはたとえば、「g」をどう発音するのかといった、もっと細かい基本的なことにも逐一チェックが入る。
発音だけではない。アクセントのつけ方をひとつひとつ確認し、彼女のくせや発声の都合だったりで恣意的なルバートをかけたりするたびに厳しい指摘がある。
プロタソヴァは、2016年に本家ラヴェンナの「イタリア・オペラ・アカデミー」に参加して《椿姫》のヴィオレッタを歌った、いわばムーティ・アカデミー出身者。教え子だからこそ、より厳しい態度で接しているのかもしれないのだけれど。

4月2日夜には、ハーヴェイ・サックス氏による講演会「トスカニーニとその芸術を語る」が開かれた(東京芸術大学第6ホール)。ムーティも客席に座って耳を傾けた講演の内容は、タイトルどおり大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(1867~1957)について。サックス氏は1946年クリーヴランド生まれのアメリカの音楽ジャーナリストで、『ニューヨーク・タイムズ』をはじめとするメディアの音楽記事で著名な大物で、著書に『トスカニーニの時代』『〈第九〉誕生 : 1824年のヨーロッパ』『Toscanini: Musician of Conscience(2017、トスカニーニ:良心の音楽家/邦訳未出版)』などがある。
講演はサックス氏所有の貴重な映像・音源資料を流しながら進められ、トスカニーニの伝記的紹介から、リハーサル映像に見る彼の指揮や音楽の特徴などが語られた。
興味深かったのは、そこで語られるトスカニーニの逸話が、アカデミー期間中にムーティが言ったさまざまな言葉と重なることだった。
「オーケストラに余計なことは指示しない」
「指揮は拍を刻むためのものではない」
「時間の使い方が非常にうまく、リハーサル中に時計を見たことがない」
などなど。この開催レポートでもすでに書いたように、ムーティは、師のアントニーノ・ヴォットーを介してトスカニーニの孫弟子に当たる。サックス氏は、ムーティこそがトスカニーニの魂を継承する無二の存在なのだと語った。
トスカニーニとプッチーニとのあいだの微笑ましいエピソードも。二人はたびたび衝突していたのだが、ある年のクリスマス、二人の仲を取り持とうとした関係者が、プッチーニの名前を使って、本人には無断でトスカニーニにパネットーネ(伝統的なミラノのクリスマス菓子)を贈った。これを知ったプッチーニはすぐにトスカニーニに電報を打った。
「間違って送ってしまった」
トスカニーニの返信。
「間違って食べてしまった」
意地っ張りの巨匠たち。

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[今日のマエストロ③]マエストロは「30」がお好き?

テノールやソプラノが高音を勝手に伸ばしたりゆっくりと貯めたり、ヴェルディの書いた音符を恣意的に改変することを厳しく警告するムーティだけれど、そうしたくなる歌手の生理みたいなものは理解していて、楽譜に書いてあるフェルマータやリタルダンドに関しては、「もっとやっていいのですよ。なぜやらないのですか?」と大いに推奨していた。ただその際、なぜか「30分」がお好きな様子。
「その音は30分ぐらい延ばして! 延ばしているあいだにディミュヌエンドもして」
「そこは指揮者がガイドしてあげないと、歌手は30分ぐらいそのまま延ばしっぱなしにしますよ」
「この休符のフェルマータは長く! 30分ぐらい待って!」
「テノールなのにどうしてその高音をもっと延ばさないのですか! もしこの曲を歌えるのなら、わたしはいくらでもお金を出すし、その音は指揮者なんか無視して30分ぐらい延ばしますよ」
「3」絡みのヴァリエーションとして、ほかに、
「音程が違いますね。今晩、ベッドで十字を切りながら3時間練習しておいてください」
というのもあった。

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