JOURNAL

リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.1 《リゴレット》 開催レポート Part 3

東京・春・音楽祭15周年を機に始動した巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。8日間に亘った今春の第一回目のアカデミーでは、ヴェルディの《リゴレット》を題材に連日ムーティによる熱き指導が繰り広げられました。オーディションを通過した指揮受講生、音楽を学ぶ聴講生、そしてオペラを愛する一般聴講生らに向けて行われた本アカデミーの模様を、音楽ライターの宮本明氏にレポートしていただきます。
Part 3は世界27カ国・総勢129名の応募者の中から選ばれた4名の指揮受講生をご紹介します。

文・宮本 明(音楽ライター)

今年初めて東京で開催された、リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」。オーディションで選ばれた4人の若い指揮受講生たちが、ヴェルディのオペラ《リゴレット》を題材に、3月29日から4月3日まで、公開マスタークラス形式でムーティのレッスンを受けた。今回、日本開催ということもあってか、4人の受講生のうち3人はアジア勢。4人の横顔を簡単に紹介すると……。

チヤ・アモス Chiya AMOS(シンガポール)1990年生まれ

アモスさんはロンドンのトリニティ・ラバン音楽院で学んだのちロシアに移り、2018年にマリインスキー劇場でアシスタント指揮者、現在はマリインスキー劇場の北オセチア支部の指揮者を務めている。ロンドンではもともとピアノを学んでいたのだが、シンガポールには徴兵制度(ナショナル・サービス)があり、その兵役中に腕を故障して、作曲に、さらに指揮に転向したのだそう。不運ともいえるが、本人は「異なる分野でよい経験を積むことができている」を前向き。不運といえば彼は今回、来日の飛行機で、預けたスーツケースがなくなってしまったのだそう。楽譜もスーツケースの中だったため、事務局からスコアを借りてレッスンに臨んでいた。
それを聞いたムーティ。
「ロスト・バゲージ? ダメですね。わたしはいつも、スコアは必ず自分の3メートル以内に置いておきます。誰にも触らせません」
ちなみに彼、着替えはすべて東京のファストファッション店で購入。結局アカデミーが終わるまで荷物は出てこなかったそうで、まったく、とんだ災難。しかしそんなことは意に介さずとばかり、どこかひょうひょうとしてマイペースの若者。

サミュエル・スンワン・リー Samuel Seungwon LEE(韓国)1990年生まれ

ソウル生まれ。ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学でヴィオラを、のちに指揮を学ぶ。ヴィオラ奏者として、メンバーだった韓国のノーヴス弦楽四重奏団(現在は退団)で2013年に難関のARDミュンヘン国際音楽コンクール第2位を獲得している実力派でもある。
「歌手の代わりに歌いながら振りなさい」というムーティの指示に、もしかしたら一番苦慮していたのがリーさんかもしれない。イタリア語の準備までは十分にできなかったのか、歌詞をゴニョゴニョとごまかしてしまうことが多かった。
「この言葉の意味は? 《リゴレット》というオペラだということしか知らなかったのですか? 翻訳も読んでないの? イタリア語がわからなくても、せめて意味は知っておかなければ。すべての音は言葉との関係で書かれているのです。来年はイタリア語をマスターしてきてくださいよ」
ムーティからは厳しい言葉も投げかけられたが、いつも絶やさない笑顔に「いい人」がにじみ出ているような好青年。

ヨハネス・ルーナー Johannes LÖHNER(ドイツ/アメリカ)1990年生まれ

ワシントンD.C.で育ち現在はドイツ在住のドイツ系アメリカ人。今年1月からレーゲンスブルク室内管弦楽団(1976年創立)の音楽監督を務めている新鋭で、2017年からロジャー・ノリントンに師事して、彼の副指揮者なども務めている。
前回書いたように、このアカデミーでは、受講生がオーケストラに何を言うか、自分のオリジナリティをどのように示すかはあまり重視されていない雰囲気だったのだけれど(なにせ最後には公演があるので、各自が勝手放題に音楽を作っては大変なことになるだろう)、ルーナーさんはかなり頑なに自分のペースで、オケに細かく注文をつけていた。その頑固さもいい。もちろんムーティは、その姿勢そのものを否定したりすることいっさいなかった。

沖澤のどか(日本)1987年生まれ

2018年の第18回東京国際音楽コンクール〈指揮〉(旧・民音指揮者コンクール)の優勝者。同コンクールの日本人優勝者は下野竜也以来18年ぶり、女性の優勝者は初めてだった。そして、そして! すでにみなさんご存知のとおり、今年9月に行なわれた第56回ブザンソン国際指揮者コンクールで、みごと第1位に輝いた。1959年(第9回)に小澤征爾が制したこのコンクール、日本人の優勝は2011年(第52回)垣内悠希以来4大会ぶり、日本人女性では1982年 (第32回)の松尾葉子以来2人目の優勝者となった。2020年11月には東京二期会のレハール《メリー・ウィドー》(新制作)を指揮することも発表されており、オペラとシンフォニーの両方で活躍していきたいという。
彼女にはムーティから次のような「金言」が贈られていた。
「100人のオーケストラを引っ張るには、おべんちゃらを言って受け入れられなくてもいい、喜ばせなくてもいい、挨拶されなくたっていい。でも、尊敬してもらわなければなりません。オーケストラは、指揮者が部屋に入ってきた瞬間に、その人が本物かどうかを見抜きます。だから自然にふるまうこと、自分らしくあること。Be yourself! あなたは才能があるのだから、悲観的になる必要などありません。男性のようにふるまうのでなく、自分のままでいてください」

さて、マスタークラスは3日目の終わりに、「では歌手にも入ってもらいましょうか」と、それまでオーケストラと分かれてリハーサルをしていた歌手陣が合流して、いよいよ本格的なリハーサルという空気になったのだけれど、そこでいきなりすごい光景を目の当たりにした。
最初に、リゴレット役のバリトン、フランチェスコ・ランドルフィが入って、第2幕のアリア「廷臣ども、邪悪な卑劣漢よ(悪魔め、鬼め)」(第9曲)を沖澤さんに指揮させた。オケだけのリハーサルよりも、やはりずっといきいきとしてきた。と感じたのだが……。
曲が終わるとムーティがすかさず、
「そのまま見ていてくださいね」
と沖澤さんに告げて、もう一度同じ曲を振り始めた。すると……。
途端に会場の空気が一変した。緊迫感のあるテンポ。最愛の娘ジルダを誘拐されたリゴレットの怒りや焦り、悲しみがひしひしと伝わってくる。ただただすごい。半年たったいま思い出しても鳥肌が立つ。
タクトが振り下ろされた一瞬でそれを敏感に感じとって、音で応えたオーケストラのポテンシャルもすごい。このアカデミーのために日本の若手奏者たちで編成された「東京春祭特別オーケストラ」。コンサートマスターの長原幸太(読売日本交響楽団コンサートマスター)を筆頭に、各オーケストラの首席やソリストとして活躍する奏者がゴロゴロいる豪華な布陣。さらにムーティのたっての希望で、弦楽器には若い学生も加わっている。
その場にいた全員が唖然とするなか、
「わかりますね。こうしないと重くなりますから。ありがとう。ではまた明日」
と、さらりとカッコよく去っていったムーティ。若い指揮者たちは、目の前で見せつけられたこの圧倒的なすごみを、どのようにこれからの糧にして育っていくのだろう。

オーケストラに関連してもうひとつ。
2日目の午前中のコマで、休憩明けにオーケストラがチューニングするのを聴いていたムーティが苦言を呈した。もっと丁寧にチューニングするように。ごくごく普通のチューニング風景だったのだけれど……。
「欧米の悪い習慣に学ばないでください。カオスの中でギャーギャーやらないで、沈黙のなかでデリケートに。イギリスの某オーケストラは最近、舞台袖でチューニング・マシンでやっています。それもダメ。チューニングもハーモニーの表現なのです。人間的なやり方を取り戻してください」
そう言うと、ムーティの指示で、まず通常どおりにA(ラ)の音でチューニングしたあと、オーボエが、今度はB♭(シ♭)を鳴らしてトランペットなどの移調楽器が音を合わせた。以後、期間中は本番を含めてずっとこのやり方を通した。
「そうあるべきです! セルジュ・チェリビダッケは素晴らしい指揮者でした。ミラノ音楽院の学生たちを指揮したとき、彼はチューニングに30分もかけたのです。素晴らしい! でもリハーサルが始まったときには、みんな疲れてピッチがずれてましたけどね(ニヤリ)」
オケ爆笑。おあとがよろしいようで。

※ 画像をクリックすると、拡大表示します。

今日のマエストロ② 殺し屋ムーティ

ニヒルな2枚目のムーティ。イタリア人らしい、ジョーク好きで案外お茶目な人だということは今回のアカデミー期間でよくわかったけれど、ときどき怖いことも言う。
「ここでテノールに合図を出すけど、もし見てなかったら? 殺せばいい」
「ジルダがニワトリみたいな声で勝手に遅くしたりするのを聴くと、撃ち殺したくなりますね」
あるときは、撮ってほしくないシーンを撮影していた公式フォトグラファーを、手をピストルの形にして、バン! 笑いながら撃ち殺していた。ゴルゴ・ムーティーン……。

Copyrighted Image