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リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.1 《リゴレット》 開催レポート Part 1

東京・春・音楽祭15周年を機に始動した巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。8日間に亘った今春の第一回目のアカデミーでは、ヴェルディの《リゴレット》を題材に連日ムーティによる熱き指導が繰り広げられました。オーディションを通過した指揮受講生、音楽を学ぶ聴講生、そしてオペラを愛する一般聴講生らに向けて行われた本アカデミーの模様を、音楽ライターの宮本明氏に5回に分けてレポートしていただきます。
Part 1はムーティによる《リゴレット》作品解説の模様から。

文・宮本 明(音楽ライター)

おおーっ、なるほど。たしかに、おっしゃるとおり。さすが!──納得の連チャン。
15年目を迎えた2019年の「東京・春・音楽祭」から、新たな重要プロジェクトとして加わった、巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」(3月28日~4月4日)。ムーティのオペラ愛、ヴェルディ愛、そしてそれを伝承しようと使命に燃える情熱と信念に(あと、ニヒルだけどけっこうお茶目な人柄にも)、心の底から共鳴し、興奮した8日間だった。

あれからもう4カ月。いまでもときどき、「あー、そこの指揮者のあなた! そういう棒を振ってると、ムーティに叱られますよー」などと心の中でつぶやいてしまい、物差しがすっかりムーティ基準になってしまった自分に苦笑する。当たり前だけど、やっぱり巨匠はだてに巨匠じゃない!

「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」は、2015年からムーティがイタリア・ラヴェンナで開いている教育プロジェクトの日本版。次世代を担う若い指揮受講生たちに、イタリア・オペラ、とくにヴェルディの真髄を伝えようというマスタークラスだ。今年は『リゴレット』を題材に、4月4日の公演(演奏会形式)に向けてのリハーサルを通じて、4人の指揮受講生たちが濃厚なレッスンを受けた。

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3月28日。アカデミーの開幕を告げたのは、東京文化会館大ホールで行なわれた「リッカルド・ムーティによる《リゴレット》作品解説」だった。翌週の公演の事前レクチャーとして、ムーティ自らがピアノを弾きながら作品を解説するというもの。

入り口で入場者全員に同時通訳受信用の無線レシーバーが配られる。おおっ! 国際会議みたいでなんだか本格的。レクチャーという、ややアカデミックなイベントながら、大ホール1階席は熱心なファンたちでほぼ満員だ。

ジャケットにノーネクタイのラフな服装でステージに現れたムーティ。

短い前置きのあと、さっそく、このアカデミーの趣旨から語り始める。

いわく。《リゴレット》は裏切りがテーマだが、その上演自体も何十年もずっと裏切られてきた。モーツァルトやR.シュトラウスやワーグナーの上演では、作曲家の書いた楽譜が尊重されるのに、なぜイタリア・オペラ、とくにヴェルディでは、歌い手が高い音を長く伸ばすのが習慣になってしまっているのか。効果的に聴衆受けすることを狙って、アリアの一部を高い音に置き変えて歌うなんて、ヴェルディの意図にまったく反する。なのに、それがあたかもイタリア・オペラの伝統でさえあるかのように世界中に広まってしまっている。その悪しき伝統を排除するために、3年前にラヴェンナで始めたのがこのアカデミーだ。これはわたしのミッションだと思っている。

アカデミーの核となるテーマがここに集約されている。翌日から始まるレッスンでも熱く繰り返されて、少しずつ理解できたのは、ヴェルディが言葉と音楽をじつに緻密に関係づけていること。だからこそ、恣意的に音を変えるなんて許されない。そしてそれを熟知しているムーティだからこそ、「悪しき伝統」に強く憤っているのだ。

《リゴレット》についてヴェルディについて、マジメに語りつつ、現在のオペラ界の風潮を皮肉ったりボヤいたりと、ユーモアもたっぷり。途中、舞台袖にいる通訳に向かって、「ちゃんとわたしの言ったとおりに訳してくれてる?あんまりウケないんだけど!」とクレームを入れたりもしていた。その甲斐あってか、客席もあたたまり、徐々にウケ始める。その反応にムーティもどこか満足げだ。

「現代はひどい演出もある。ラストシーンでリゴレットが娘ジルダの遺体を見つけて『ああ、呪いだ!』と叫ぶところ。なんとジルダは生きていて、リゴレットが『ああ、天の幸せよ』と叫ぶ。なんたることか!」

客席「くすくす(笑)」

「ヴェルディは〈女心の歌〉が流行ると確信していたので、本番でサプライズで発表しようとリハーサルを非公開にした。案の定、オケが〈女心の歌〉の前奏を弾き始めるやいなや、それまで寝ていた客が全員起きた」

客席「クックックッ(笑)」

「自分の快楽のために高い音を伸ばすなんて……。サーカスじゃないんですからね。(サーカスっていえば)《アイーダ》の象なんていうのもあったね。象ですよ、象。 《アイーダ》は最も洗練されたオペラだというのに。ったく!」

客席「げらげら(笑)」

「高い音を出すために、背骨の曲がったリゴレットが、そこで突然背を伸ばすなんて馬鹿げていると思いませんか!」

客席「どーっ(大笑)」

厳格で、もうちょっと怖いイメージがあったムーティだけど、サービス精神旺盛なマエストロなのだ。

レクチャー後半には、4月4日の公演の出演歌手も登場。ムーティがピアノを弾き、彼らが歌いながらの解説となった。

この日歌ったのは、フランチェスコ・ランドルフィ(バリトン:リゴレット)、ヴェネーラ・プロタソヴァ(ソプラノ:ジルダ)、ジョルダーノ・ルカ(テノール:マントヴァ公爵)、ダニエラ・ピーニ(メゾ・ソプラノ:マッダレーナ)、アントニオ・ディ・マッテオ(バス:スパラフチーレ)の主要役5人。

前奏曲の暗いファンファーレの「ド」の音の連打が「呪い」を象徴していることを説明してから、リゴレットがそれと同じ「ド」で歌い始める、殺し屋スパラフチーレとの二重唱(第3曲)。それに続く、「俺は言葉で、あいつはナイフで人を殺す同類だ」とつぶやくリゴレットのレチタティーヴォ(第4曲)。ジルダ最大の聴かせどころのアリア〈慕わしい名よ〉(第6曲)。第2幕冒頭のマントヴァ公爵のアリア〈わたしには涙が見えるようだ〉(第8曲)。オペラ史を代表する有名な第3幕の四重唱〈いつだったか、思い出せばたしか〉(第12曲)の4曲を披露した。

背景にある物語のドラマツルギーが、音としてどのように刻み込まれているのかを、ムーティはユーモアたっぷりに解き明かしてくれる。目からウロコの連続。さすがだ。じつに面白い。もしこれが毎月開催されたら、日本のオペラ・ファンは一気に10倍に増えるのではないだろうか。

休憩なしに約100分ぶっ通しのレクチャー。ピアノを弾いているあいだ以外はほとんど立ちっぱなしで続けたムーティ。1941年7月28日生まれだから今年78歳だ。ほんとに? 疲れるどころか、持て余してる感じさえ漂う。このパワーとエネルギーも、世界のトップ指揮者たるゆえんのひとつなのにちがいない。

なお、歌手たちはこの日こそデモンストレーション歌唱のためのゲストという雰囲気の扱いにも見えたのだけれど、じつはそうではなかった。指揮受講生たちだけでなく、彼らもまたムーティの妥協のない厳しいレッスンの洗礼を受ける立場であることが、翌日のレッスンですぐに明らかになる。その詳細はまた次回以降のレポートで。ご期待ください。

photos : ©青柳 聡

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