HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2017/01/13

ようこそハルサイ~クラシック音楽入門~
ベンジャミン・ブリテン─無垢を求めた作曲家

2017年より、5年かけて英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンを紹介する「ベンジャミン・ブリテンの世界」が始まります。本企画の第1章に出演するテノールの鈴木准氏は、東京藝術大学博士課程でブリテンについて研究し、ブリテンの声楽作品をライフワークされています。本稿では、ブリテンの魅力について執筆いただきました。

文・鈴木 准(テノール)

 私のベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の作品との出会いは、学生時代の1999年に遡ります。NHK交響楽団の定期演奏会で《春の交響曲》op.44(1949) [試聴]の合唱を歌いました。その頃の私にとって英語で歌うことは(ヘンデルの作品以外では)貴重な経験であり、それまで聴いたことのない独特な美しさを持った音楽に満たされて、素晴らしい体験となりました。オペラでは、最近では2012年の新国立劇場《ピーター・グライムズ》op.33(1945) [試聴]の名演は記憶に新しく、このオペラでブリテンを知ったという人も多いことでしょう。このオペラの世界的な成功によって、彼は20世紀を代表する作曲家として確固たる名声を得ました。

ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)

 ブリテンはイギリス東端の北海を臨む町、サフォーク州ローストフトに、音楽の守護聖人・聖セシリア(チェチーリア)の記念日とされる11月22日に生まれました。このことはアマチュア歌手だった母親を喜ばせたに違いありません。物心つく頃からピアノを弾き始め、母親の情熱によってその才能を現した彼は、すぐに作曲に目覚めました。その原点は、メゾ・ソプラノだった母親の歌の伴奏をして楽しんだ幸福な日々でした。ブリテンは、その後半生には同じサフォーク州のオールドバラに暮らしました。《ピーター・グライムズ》から独立して構成される《4つの海の間奏曲》op.33a(1945) [試聴]はオーケストラの演奏会で取り上げられる作品です。ここで描かれる海の情景は、彼の人生とともにあった故郷そのものなのでしょう。

 ブリテンの声楽作品では無垢なる存在がしばしば扱われています。とりわけ以下の3作品は、そうしたブリテンの個性を味わうことのできるもので、私にとって特別な作品です。

 連作歌曲集《冬の言葉》 op.52(1953) [試聴]には無垢に対する彼の慈しみの心が溢れ、儚くて美しい。詩はトマス・ハーディ(1840-1928)。風に揺れる木々とその周りを行き交う子ら、夜霧に警笛を滲ませる列車とその乗客の少年、恋人との思い出を語る木机、夜霜の降る墓地に響く聖歌、生を謳歌する野鳥たちの声、ヴァイオリンを弾く少年と囚人、無垢を求める問いかけ... 詩人の紡いだ世界は、ブリテンの音楽によって、過ぎ去って無くなる儚い世界に閉じ込められています。この作品にあるのは何気ない日常の空気であり、それこそが世界の全てなのかもしれません。

 教会上演用寓話《カーリュー・リヴァー》op.71(1964) [試聴]では、子を失った母の嘆きが聴く人の胸を突きます。能『隅田川』と作曲家の出会いがもたらしたこの作品は日本人にとっても宝といえる作品です。この日本伝統の舞台を、ブリテンはキリスト教的価値観と重ね合わせて救いの物語としました。狂った母は息子の魂と再会し祈りを共にします。母を狂気から解き放ったのは無垢なる子の声でした。

 管弦楽付きの合唱作品である《戦争レクイエム》op.66(1962) [試聴]には無垢を慈しむブリテンの「平和主義」がはっきりと示されています。第一次大戦の詩人ウィルフレッド・オーエン(1893-1918)による生々しい描写が、ラテン語によるレクイエムの典礼文の間に置かれています。それにより他の作曲家のレクイエムとは異なった、戦争への憎しみと、繰り返される悲劇に対する怒りまでも表現した作品となっています。この稀有な作品は、第二次大戦の空襲で破壊されたコヴェントリー大聖堂が新しく建て直された時、その式典のためにと作曲されました。激しい怒りと嘆きの先で、レクイエム典礼文の結びの「永遠の安息」を願い「楽園へ」と誘う祈りとともに、「さあ、眠ろう」という言葉が繰り返されます。眠りこそが、安息へと向かう唯一の手段であるのかのように。


【試聴について】
[試聴]をクリックすると外部のウェブサイト「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」へ移動し、プログラム楽曲の冒頭部分を試聴いただけます。



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